After the Pleistocene

A memory of my ramble
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T子叔母さんのお別れ

JUGEMテーマ:モブログ


 一月も半ばを過ぎて、父母の田舎、茨城から悲しい知らせがやってきた。父母の兄弟姉妹の内、一番最後のテル子叔母さんが亡くなったのだ。二年前「私も90歳の坂を登り始めました。」と達筆のペン書きで、年賀葉書一杯にぎっしり近況を伝える文章を乗せてあったのに。だが昨年も今年も彼女からの年賀状は届かなくなった。
 二年前には家の近くにある老人ホームのデイサーヴィスに毎日出掛け、「皆さんと楽しく笑い合い、話し合ってたのしんでいます」と書いていたのに・・・。大農家の男の子ばかり6人の兄たちの最後に彼女はただ一人の女の子として生まれ、親や兄弟たちからは相当可愛がられたそうだ。16歳の時から東京に働きに出た私の父からも、あるとき浴衣地を贈られて、お嫁に行くときも持って行ったと懐かしそうに話していた。「うちのオヤジもいいところがあったのだなあ!」
 そうはいっても、男たちにもまれたテル子叔母は、声も身体も大きかったし、態度もデカかった。われわれ甥っ子や姪っ子はみな母親以上に怖い存在だった。それでも東京育ちの私にはいつも特別目を掛けてくれたように感じていた。本当にありがとうございました。ご冥福を祈ります。合掌 
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