After the Pleistocene

A memory of my ramble
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松島へ

JUGEMテーマ:旅行


 先月下旬、別に漂泊の思いに駆られたわけでも片雲の風に誘われたわけでもなく、『最近旅行に行ってないわね、温泉にも入ってないわね。』というカミさんの声で仙台、秋保温泉、松島でぶらりと遊んできた。仙台城は一緒に来たことがあるというのだが、さっぱり私の記憶に残っていない。地下鉄の駅の大きな看板で、スケートの羽生ユズル君がここの出身だったと思いだした。松島は小雨が降っていた。
 伊達政宗建立という立派な伽藍の瑞巌寺は、海岸から200m位しか離れていないほゞ平らな土地に位置し、すぐ後ろには山が迫っていた。所どころ山の崖を削り石像を安置していた。瑞巌寺を参詣した後、海岸すぐ近くの食堂で昼飯を食べた。決して興味本位で訊いてはいけない事なのだが、この食堂のおねいさんにあの東北大震災のことを私は訊かないではいられなかった。あれからもう8年以上の歳月が経過したが、身内に不幸があった人々は決して忘れていないことだろうし・・・しかし訊かないではいられなかった。
 『ここらあたりは1m10か20ぐらいの高さまでしか波は来なかった。松島町では二人の犠牲者が出ましたが、どうも身体が悪い方だったようです。』と彼女は教えてくれた。波が届かなかった瑞巌寺は避難者の救護施設に早変わりしたそうだ。しかしどうしてそんなにここは被害が少なかったのだろう?
 旅行から帰ってから地図を睨んだ。この松島町や塩釜市を囲む松島湾はその湾口に大小の島々が存在していたことが幸いしたようだ、それらが障壁となってくれたのだと判ってきた。これに対し湾口に遮るものがない隣の石巻湾に位置する石巻市(死者・行方不明者3,708人)や東松島市(同、1,087名)では、なんともむなしい犠牲者を出してしまった。あの石巻市大川小学校の悲劇(生徒74名、教師10名死亡)も忘れることができない。
 仔細に調べたわけではないが、今回の大災害で神社・仏閣での被害が少ないような気がする。瑞巌寺さんもここまで考慮して建造されたのだろうか。きっとそうに違いない。

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