After the Pleistocene

A memory of my ramble
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能 「二人静」

JUGEMテーマ:アート・デザイン


 渋谷から銀座、新装のGINZA SIXの地下三階に収まった観世能楽堂に初めて参る。正面に向かって右側の壁がもう2Mほど奥に広がっていたらとか、もう少し座席に余裕があれば上背のある外人が前に座っても大丈夫なのだがなとか、字幕スクリーンがあれば、など注文はいろいろある。しかし銀座の喧騒を一時でも忘れさせるこの空間をしばし楽しむことができてうれしかった。
 吉野勝手明神の菜摘女に静御前の霊が憑依し、やがて二人して舞うというこの物語は、現れた静御前の霊は本来我々の目には見えない存在として舞っているのかもしれない。最初菜摘女にその菩提を弔うために一日経を書いてほしいとその霊は無理難題を押し付けます。大勢で一日がかりで写経をしてくださいと依頼するのです。『もしも疑う人あらば、その時わらわはおことに憑きてくはしく名をばなのるべし』と。憑依した女に神職も我々観衆も静御前なら舞を舞って見せろとせがむと、本物の霊が現れるという劇的な展開になります。『船弁慶』でも白拍子の芸を静御前に強要しているのと同じ筆法です。
 しづやしづ しづの苧環繰り返し 昔を今になすよしもがな
私は以前この面を付けて視界が狭められた踊り手二人が、見事息を合わせて踊る様子に感嘆する文章を読んだことがある。実際に初めてみたこの舞台は、少し合っていないような感じがした。一緒に見たうちのカミさんは、むしろ意識して少しずらしたのではないか、と感想を漏らした。ふたりの顔つきが似ていなかったことも私の印象を妨げたのかもしれない。しかしふたりの舞姿がとても優雅だったことはまちがいない。
静御前と静御前の霊が乗り移った菜摘女の全く相似た容姿二人が同じ所作で踊る有様は、同じ人物の心の内側で起きる相克を現わしているのではないかと思えてきた。それにしても、われわれは自分と対立したり、同調したりするもう一人の自分といつも争っているような気がする。そして、ひとはどっちの自分を見ているのだろうかと。
 
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