After the Pleistocene

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映画「セザンヌと過ごした時間」

JUGEMテーマ:映画


 原題は「セザンヌと私」だが、日本での公開は「セザンヌとゾラ」にすべきではなかったのかと思った。19世紀後半フランスの画家と文学者、二人は十代初めからの親友付合いで、その交遊は40年以上に及ぶ。その長い付合いの途中に生起した物語を、仲が良かった時代から晩年に至っては一旦は破局に至った経緯を、緩やかに回想しながら、映画は『ベル・エポック』をしみじみと感じさせる。
 ポール・セザンヌ(1839〜1906)(ギョーム・ガリエンヌ)は裕福な商人の子供、一方エミール・ゾラ(1840〜1902)(ギョーム・カネ)は貧乏なイタリア移民の子、セザンヌが13歳の時ほぼ同年のゾラに親しく接したことから、ゾラがリンゴを贈って仲良くなった話はかなり有名なことらしい。映画が始まってしばらくの間、私の呆けた頭では成人した二人の、どちらがセザンヌでどちらがゾラなのか、なかなかわからなかった。最晩年まで有名になることはなかったセザンヌは、親から勧められた結婚話を断ったために仕送りを止められた時期があり、すでに若くして自然主義の作家として世の認められたゾラによって生活費の援助を受けていたことがあった。一方ゾラの奥さんはかってセザンヌのモデルであり、恋仲でもあった。ゾラはセザンヌをモデルとした小説『制作』を発表して二人は絶交状態になる。
 時代は普仏戦争に敗れた後の第三共和政の世の中。1870年代に『居酒屋』や『ナナ』を発表してフローベルやモーパッサンらとともに自然主義文学の旗手となったゾラと、なかなか世に受け入れられなかった『印象派』の画家たち、(セザンヌ自身は印象派の画家と見られることを嫌っていたようだが)、具体的な芸術論争は見られなかったようだ。エドアルド・マネの『草上の昼食』や『オランピア』のヌードはスキャンダルとなったが・・・・
 セザンヌは私の好きな画家の一人である。具体的な芸術論争は見てとれなかったが(印象派の画家ゴーギャンは激しい文明論を展開した。)その激しい性格には驚かされた。サント・ヴィクトワール山を描いた風景画や果物を描いた静物画など内に秘めた情熱は如何ばかりだったろう。ゾラが後年ドレフュース事件で展開したような厳しい態度もこの映画ではまだ内に秘めたままである。監督 ダニエル・トンプソン
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