After the Pleistocene

A memory of my ramble
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映画「ノー・エスケイプ 自由への国境」
 映画は突然始まって、突然終わるような「不条理劇」の様相を呈す。原題はスペイン語で”DESIERTO 砂漠”である。もっともアメリカとメキシコの国境をこれから不法に越えようとする16人の、メキシコ人一人一人について、その前歴を語っていたなら、それだけで映画は終わってしまう。主人公モイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)はアメリカにいる家族に会うためとしか語られていない。
 見た感じからすると「砂漠」というより「荒野」の、簡単な有刺鉄線の国境を越えた不法侵入者たちは、突然不意に猛犬を連れたサム(ジェフリー・ディーン・モーガン)という「殺し屋」に追い立てられる。単に『法を犯している』という理由だけで、なぜ彼らは殺されなければいけないのか、あまり明快な説明はない。獲物を追うハンターの心理だけ。越境者たちは次々とサムのライフルの餌食となってゆく。最後一人になっても必死になって逃げるモイセスを、サムは執拗に追いかける、どこまでもどこまでも。
 この作品、アルフォンソ・キュアロン監督の前作「ゼロ・グラビティ」と比較すると、人間の悪意が底に絡んでいるだけに苛立たしい心理劇ともなっている。ウィキペディアによれば、アメリカ合衆国には毎年約百万人の不法入国者が存在し、そのうちの約8割がメキシコ人だと言われる。彼らはアメリカの農業を支えているとも言える。また石川好の『ストロベリー・ボーイ』などで読むとおり、アメリカの農業労働者の約45%がこれら不法移民だという。基本的にこのような構造自体を変えずに、侵入移民だけを厳しく取り締まろうとするのは、酷く片手落ちだと思うが、この映画はそこまでは語っていない。むしろ人々の心の中に広がる『砂漠』かもしれない。
 
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