After the Pleistocene

A memory of my ramble
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習志野フィル演奏会
 それはコンサートマスターがオーケストラの調音を終えて着席し、いよいよ指揮者の出を待つほんの短い間に起きた。『バシッ』とまるで木が裂けたような音が場内にこだました。コンサートマスターのすぐ後ろに座っていた女性奏者が立ち上がるとヴァイオリンをもって倉皇と楽屋に引き下がった。いつもより長い時間をおいて指揮者だけが現れて演奏が始まった。 曲はショスタコヴィチ第5番『革命』。第1楽章が終わるまでその席は空席のまま、ようやく第2楽章がはじまる前の小休止の時に奏者は戻ってきた。
 現場は見なかったが、多分弦が切れたのだと思う。それにしても演奏がこれから始まろうとするときに弦が切れることがあるのだろうかと不思議に思った。パガニーニの映画でも見たようにヴァイオリンの弦が切れることはよくあるようで、予備のヴァイオリンを舞台片隅に用意している場合もあると聞く。しかし今回奏者は相当慌てていた様子がする。この交響曲、ショスタコヴィチがスターリンの鼻息をうかがいながら作曲したという噂もあるから、その演奏でミスをしたなら、シベリヤ行きもあるかと私は想像を逞しくした。そして ・・・三の糸切れたら二の糸で…二の糸が切れても一の糸でその音はだせる。そやけども、一の糸が切れたときは三味線はその場で舌を噛んで死ななならんのや・・・・と徳兵衛が悲痛に語った『一の糸』(有吉佐和子作)を思い出した。
 革命のお祭り騒ぎの部分は確かにあるが、全体は静かな雰囲気が漂っている曲のように感じた。演奏が終わって喜びとともに通常ほっとする感じが沸き起こるのだが、今回の演奏会はなにか少し重苦しい空気で覆われていた。
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