After the Pleistocene

A memory of my ramble
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東大社研 「<持ち場>の希望学」
 東大社研の『希望学』なるものが、どんなものだか全く知らずこの本を読みだした。この本の副題『釜石と震災、もう一つの記憶』に注目して。しかしこのブログでも前に取り上げたいわゆる『釜石の奇跡』を、津波犠牲者の少なかったことを、フォローするような内容では全くない。むしろ災害が襲ってきた以降、各自の持ち場を懸命に死守しようとした数多くの市民、病院の医師や看護師、消防団員、災害対策本部の市役所の職員、企業のトップなどの奮闘の記録であり、それは同時に『この震災の試練を未来の希望につなげようとする営み』の記録でもあった。
 凄まじい破壊の後、夥しいがれきの下に溺死体が埋まっている。交通・通信手段がほとんど途絶した状態でお互いの消息確認が始まる。行方不明者の捜索とともに、腐敗し変容し始めた遺体の確認作業が進むが、身元を確認するものが非常に少ない。(実は誰も懸念していたことが眼前に現れるため、その身元を確認したくないのだ。)死体の焼却設備が近県をめぐっても余裕がない。けが人・病人には手当を、被災者には食糧と休息の場所を与えねばならない。これらに携わった担当者は最初一二週間寝る間もない忙しさであった。(でもどんなことでも記録に残しておかないと、人々の記憶はすぐ風化し始める。)
 混乱の中で取り扱いの不平等をめぐって大声を上げる被災者もいた。ひたすら謝ってその苦情を聴く役目の職員もいた。毎日非常に辛いことだったろう。被災者たちがなんでも受け身の立場ではなく、自らが地域住民の自治組織の中に加わって働く(自分の『持ち場』を持つ)ことに生きがいを感じた、という経験は、今後の災害対策にもぜひ生かしてほしい思う。
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