After the Pleistocene

A memory of my ramble
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W杯とナショナリズムの行方
 もう自力ではグループリーグを突破して決勝リーグへ進出できなくなった日本チーム、いままであれほど期待を抱かせて待ちに待ったW杯サッカーブラジル大会は、どうにも残念な結果に終わりそうな気配がする。スペインでもイングランドでもあのような敗退が待ち受けているとはだれも予想しなかったのだから、日本はまだ健闘していると評価してもよいのでは。また優勝候補のブラジルにだって、この後なにが起きるか全く予断が許るされない。私はコートジボワールがフランスを破って優勝するのではないかと勝手に思っている。(コートジボワールはかってフランスの植民地だった。)
 それにしてもこの国を挙げての熱狂は凄まじい。スポーツがこれほどナショナリズムを高揚させるとはクーベルタン男爵でも想像ができなかったのではないか。本来古代オリンピックには個人間の競争はあっても、国家的な栄誉を担う覇権の意義はなかったのではないか。そして近代オリンピックは少しでも政治的な戦争の脅威を和らげるために始まったのではないか。
 私はこのところナショナリズムに関する本を読み続けている。中国の海洋進出、ウクライナとロシアとの紛争などきな臭い嫌な雰囲気が立ち込める中で、イラクやシリアでもたついているオバマ・アメリカがどうも指導力を失ったかのような気配さえする。これほど自由に人もマネーも国境を行き交う時代に、なぜそれほどまでに国境に固執するのだ?金持ちには国境はないのではないか。
 ベネディクト・アンダーソンは、ほんの200年前ぐらいまでは人種の違い、出身の違いについてそれほど神経を尖らせなかったという。国家は誰でも抱擁する一種の帝国であった。例えば日本でいえば九州弁が話されている隣で東北弁のやり取りがあっても、その言葉を理解できないことを当たり前のことだと思っていた。字を読んだり書いたりすることはよほどの上流社会の人種にしかできなかったし、できないことを恥とは思わなかった。それが書物や新聞の普及、教育や軍隊組織によって民族意識、国家意識を成長させ、近代民族国家の出現となったという。スポーツ競技の隆盛もこの波に乗っていると言えようか。
 それにしてもこのサッカー競技の優勝国には3500万ドル(35.6億円)もの優勝賞金が与えられるという。皆が応援に着ている日本チームのブルーのユニフォームが、8千円以上するやつもあるというのには驚くほかない。ものすごい大金が飛び交っているが、もちろん戦争よりも平和がよい。
 
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