After the Pleistocene

A memory of my ramble
CALENDAR
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
お気に入りのフレーズ
 鉛色の空から白いものがちらほら降り始めると、ふと口をついて歌が出てくる。
    雪は降る あなたは来ない 雪は降る 重い心に・・・
 40歳の時も、60歳を過ぎてもこのアダモのフレーズは変わらない。
 
 この間久しぶりに帰ってきた名古屋の息子が、ソファに背を持たせ、頭を天井に向けて目をつぶって歌っている。
    あの地平線 輝くのは どこかに君を 隠しているから・・・
 目薬を付けて、このフレーズが終わるまで目をつぶったままにしているのだった。40歳を過ぎた息子が『天空の空 ラピュタ』の「君をのせて」を歌っているのをちょっと感動して聞いていた。それにしても私はなんといつも目薬を無駄に振りまいていることだろう。
 
 若い時私はいつもノーテンキに歌を口ずさんでいることが多かったので、『Aちゃんが下を通るとすぐわかるわ。』と近所の奥さんに云われたこともある。でも最近はなにも出てこないことが多い。カラオケなんていうシステムが逆に邪魔くさいのかもしれない。思い切って山や野原に躍り出て歌うべきなのかも。先日友人が『カバレリア・ルスティカーナ』の舞台に立って、村人の一人として合唱をしたというのを聞いて、とても羨ましかった。
| Nature | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
今年の収穫
 わが家の5坪ほどの小さな家庭菜園の話。昨年はモロッコインゲンの成績がよかったので、今年はスナックエンドウを試みたところ、これも春先十分すぎるほど収穫に恵まれた。しかし昨年よかったと言って今年もよいかというと、必ずしもそうでない。きちんと耕し植え替えたイチゴが今年はさっぱりだったし、ゴーヤーも不作。キューリは全くのダメ。何が原因なのかさっぱりわからない。予想外だったのは、今年は中玉のトマトが8月から9月中旬まで食べきれないほど見事に熟し、ご近所や知り合いまで配って歩いたこと。みんなに喜んでもらえるとなんか非常にうれしい。オクラやシシトウもたくさん実を付けた。いまカミさんはブロッコリーを植えて期待している。
 わが菜園は無農薬だから、蝶や小鳥が頻りに飛んでくる。野良猫はお断りだが、毛虫などはワリバシで除かないとならない。オクラの葉には、葉を巻いて巣作りをする毛虫がいる。相手は卵から蛹、さらに変態して空中まで飛翔する数十億年前からの生物。蝶の仲間には、毒蝶とそっくり同じ色、模様の無毒の蝶もいるという。丸山宗利の『昆虫はすごい』によると、アフリカの乾燥地帯にはネムリユスリカというカの仲間がいて、その幼虫は17年間も無代謝で生き続けるという。われわれの相手は進化の最先端を行く昆虫たちだけではないかもしれない。いまうちのカミさんは腰が痛いと言いながら一生懸命草むしりをしている。
| Nature | 11:26 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
今年の夏もまた去ぬめり
 できの悪かった小学校時代、その夏休みの辛い記憶を、こんなに私は年を取ったのに未だひきずっている感がする。あと数日しかないのに、夏休みの宿題をまだ半分ぐらい残しているとか、絵日記とか観察録はおろか日々の天気すら満足に記録してない体たらく。即席でなにか工作を仕上げなければならないとあって、あり合わせの木材で「ちり取り」を作り上げたが、重すぎてとても普段使えるような代物ではなかったり。木工でおもちゃの機関車を作ったが、もう時間がなくて町の木工店で吹き付けの塗装をしてもらったところ、自分の作品としては立派すぎるものができて提出するのが恥ずかしかったり。いま思えば夏休みの宿題なんか本当はどうでもよかったのに、あの頃は夏の終わりごろになると、毎年いつも面白くなかった。
 いつもあわただしく過ぎてゆく夏も、リオ・デ・ジャネエロでオリンピックもあり、日本選手の活躍で今年の夏は大いに賑わい盛り上がった。朝から晩までテレビを追いかけ、新聞をチェックし忙しい限り。先日南ドイツ、バイエルン地方に住む友人に、そっちはまるでオリンピックなんかやっていないみたいだね、とメールを入れたら、ドイツ人が活躍する競技を夕方テレビで少し流すだけだと、その物静かな様子を知らせてくれた。もう彼の地ではオリンピックの熱狂は、ナチス時代の偏った人種差別を象徴するものになりつつあるのかと思わせる?
 オリンピックのマラソンで銀メダルのフェイサ・リレサ(エチオピア)のゴールインの様子はなんとも異常だった。1位のエリウド・キプチョゲ(ケニア)がさっそうとゴールを駆け抜けたのに、彼はよたよたと、もしかすると3位になったアメリカの選手(ゲーリン・ラップ)に抜かされる可能性もあるかと思わせるほど、頼りない足取りでゴールに近づいた。その時、頭上に握りこぶしを交差させ、かなり真剣な眼差しで周囲を見回しながらゴールに入った。実況するアナウサーはこれに対し何の解説もしなかった。アナウサーの勉強不足は甚だしくて、レース中盤に至っても、先頭グループの選手名を満足に発言できない有様。日本選手の描写はくどいほどなのに、このリレサ選手の行動を意味づけすることなどチラとも頭をかすめなかったのだろう。オリンピックが終わった後もう10日たったが、彼は今後どうなってしまうのだろうと私は心配している。(私はエチオピアでの被抑圧民族オロモ族の抗議運動について、インターネットではじめて知ることができた。)
| Nature | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
熊本地震余聞
 熊本地震について、私とカミさんの会話。
「先月14日から始まった熊本地震は、いまだに収束しないね。」
「また今日も揺れているみたい。20日間で震度1以上の地震が1000回以上続いている。」
「片づけなんか本当に進んでいるのかしら?道路が開通しない、電気ガス水道がまだまだ。」
「ボランティアも大勢この連休で入っているというじゃない。」
「ワシも手伝いに行ってもいいのだけれど・・・」
「あなたみたいに腰が痛くて動けない人になにができるというの?」
「ウム・・・ところで例えば運悪くワシが熊本に住んでいて、この地震に遭遇したとしたらどうなるだろう?」
「間違いなくこの家は壊れて、体はケガしていなくとも学校の校庭かなにかでテント生活をしているでしょうね。」
「最初は炊き出しとかで無料の食事はできるかもしれないが、そのうち自分で食料を買ってこなければならないね。仕事もストップしていて収入はどうなるのかなあ。」
「見舞金が交付されるのと違うかしら。保険も下りるでしょう。」
「役所の事務手続きが大変だね。」
「だから全国の市町村から何十人と応援に来てくれているわ。みな百戦錬磨のベテランがね。病院なんかもそうね。なんか凄いパワーを感じる。」
「しかし地震の圧倒的破壊力の前に、ワシなんかひどく落ち込んでしまいそうだ。そんな者まで医者は面倒見ている暇はないのでは?」
「それこそ自分よりもっと被害の大きかった人々を考え、それらの助けとなるようボランティアでもなんでも志願すべきね。」
「最近、世界的にもこのような天災が多くなっている感じがする。天壇を築いて、舜のような人物に天地を鎮める祈りを奉げてもらわないとならないのでは。」
| Nature | 23:03 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
桜の花、このワクワク感
 吉野山こずゑの花を見し日より心は身にもそはずなりけり 西行法師
ご近所のマンションの桜が咲き始めた。都内で開花宣言がなされてよりもう三日か四日たったかしら。毎年そわそわと心待ちにする桜も、咲き始めるとたちまち過ぎ去ってゆく日常に、今年こそなんとか掉さして、どこか遠くへ桜を見に旅してみたいと思う事しきりなり。しかしここ数年の身体の痛みを考えると今年もまた無理かもしれない。せめて手近なところ、深大寺とか小金井公園ぐらいに足を伸ばしたいと思う。そうしたらカミさんが仲間から『千葉の六方水の道がすばらしい。』というミニ情報を得てきた。でもいつも行く船橋海老川沿いとか市川真間の弘法寺などと同じく、あまりに手近すぎないだろうか。ま、ちょっとワクワクしているけれど。
| Nature | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
地球温暖化
 11月13日のパリ周辺での連続テロ事件(130名が死亡、約300人が負傷した)の後、厳戒態勢の中で開かれたCOP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議、言い換えるとやたら長たらしい名前の会議)は、12月12日にようやく無事妥結終了の運びとなった。1997年の京都議定書以来の地球環境問題の一大決議とあって、仏オランド首相やパン・ギムン国連事務総長は涙を流さんばかりに感激していた様子が印象的だった。しかし『産業革命前の平均気温を上回ること2.0℃以内、できれば1.5℃未満に抑えよう』という決議は、とてもつかみどころのないテーゼのように私は感じた。産業革命?あの18世紀後半イギリスに発生した産業革命・・・そうすると1750年から1800年頃のことを想起しなければならないのか、と漠然と考え、たかが2℃ぐらいどうにでもなるのではないかと思った。
 COP21は2030年までの各国のGDPあたりのCO₂排出量の削減目標を、例えば中国60〜65%、EU40%、インド33〜35%日本26%、ロシア70〜75%、アメリカ26〜28%(2025年まで)などと定めた。開発途上国は自国の削減目標の数値と、当てにする先進国からの援助金を取引材料にしたようだ。京都議定書議論の時あった、「先進国はこのような協定を結ばせて後進国の発展を縛るつもりなのか」、という議論は少なかったようだ。
 しかし私に解からないのは、CO₂が一体温室効果をもたらすガスなのかどうか?温暖化したから増えたのではないか、フロンなんかはどうしてしまったのか?など。CO₂と世界の平均気温との相関関係が解からない。さらに、そもそもいま地球は現在間氷期で、むしろこれから氷期の到来を予期しないのはおかしいのでは? 映画「デイ・アフター・トモロウー」(台風並みの巨大寒波がニューヨークなどを襲って世界をめちゃめちゃにするストーリー)の影響もあるかもしれない。気温が上がるのは何とかできそうだが、地球全体が凍ってしまう『スノーボール・アース・イベント』には人類は耐えられないのではと思う。グリーンランドや南極の氷を調べた結果、過去40万年急速な温度上昇(約8℃〜10℃)のあと、だらだらと氷期が訪れている。火山の爆発や海流の変化などでたちまち気候変動が起きるという。ほんの100年ぐらいの期間で様変わりするようだ。100年なんて46億年の地球の歴史から見るとあっという間である。
 それにしても過去の地球史では、氷期は平均−40℃が数百万年続くという。生物がどういう様相でこの氷期を生き延びられるか不明だが、過去の歴史では壊滅的な破壊を受けたそのあと、また新たな生物が夥しく発生したと記録されている。はたしてどんな生物がこのあと繁栄するのだろう?人類は生き残れるのかしら?
| Nature | 22:06 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
本土寺の紫陽花
 この前ここに来たのはいつだったろう?20年前かそれとも30年前だったろうか? 門前の並木は昔のままの感じがしたが、あたりの景色は様変わりして、ごみごみとした住宅地に変わってしまった。そしてなによりも残念なことは、本土寺のアジサイの様子がすっかり変わってしまったこと。昔はもっと自然な佇まいで潤いがあふれ、花が生き生きしていた。それがどうだろう、今は町の公園のようなまったく管理された庭園になってしまった。確かに大勢が訪れることで遊歩道が整備されたのはわかるが、アジサイの花までおとなしくまとまってしまった。あのあふれんばかり野趣はどこへ行ったのか。整備された菖蒲園まで用意して、本土寺はすっかり観光寺に変わってしまっていた。門前にあった美味しいうどん屋までなくなってしまった。残念だ。
 
| Nature | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
清水公園の牡丹
 四月の終わりから五月の初めごろ、天候は穏やかだし、野山は新緑に満ち、花があふれている。思いっきり外気を吸い込みたい。外出には一番良い時なのだが、しかし世はゴールデンウィークで人もあふれている。間近になって宿を予約しようにも、どこも一杯である。体調に不安を抱いてる年寄り夫婦は近場で我慢せざるを得ない。だが探せばなかなか素晴らしいところが近場でもあるものだ。
 そこで東武電車に乗って野田の清水公園に行ってきた。ここは桜の季節が有名だけれど、今の季節、ツツジとフジがよいと聞いて出かけた。確かにツツジもフジもよかったが、意外や手入れの行き届いた牡丹園の佇まいに正直驚き、見事な花の姿にすっかり感激してしまった。茂原や須賀川の牡丹園にも匹敵しそうだ。いや、それらの記憶も少し薄れてきた。唐王朝の頃より花王、富貴花と称されるぐらい愛でられている牡丹。毎夜現れる『牡丹の精』の物語、『聊斎志異』も懐かしい。典雅な白の牡丹が特に良かった。
| Nature | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
播磨坂の桜
     年年歳歳花相似たり
     歳歳年年人同じからず
 この詩に出てくる『人』は、自分の周りに現れる『他人』だとばかり思っていたが、この『人』はむしろ自分自身のことなんだなあ、といまごろになって遅ればせながら気が付いた。今年もまた見事に桜が満開になった。例年より少し早い感じがする。しかしわが身はだいぶあちこちにガタがきて、この先果たして元気に生き抜くことができるか、いささか怪しくなってきた。しかもあれほどタフだったうちのカミさんまで、眼病、腰痛と身体のあっちこちが悲鳴を上げる事態に。カミさんは75歳まで仕事をすると常々広言していたのに。
 四月には孫娘のリリーちゃんが小学校に上がる。これまで彼女を保育園に送り迎えしていた私の仕事も無事卒業となった。でも一緒に食事したり、おしゃべりをするこんな楽しい至福の時はもう到来しないかもしれない。私は自分の息子たちが育つ頃、リリーちゃんと過ごしたような濃密な時間を、仕事にかまけて知らなかった感じがする。
 今年は近場で今まで行ったことがない桜の名所を訪れた。茗荷谷の播磨坂の桜。確かに地元の人々が大事大事に育てた様子が桜並木に感じられる。春日通りからゆるやかに下る約400メートルの播磨坂の大通り、その両脇と中央に桜の並木が連なる。ゆっくりと人々が中央の道を散策しているのがいい。ベンチで休むこともできる。通りの両側はマンションが立ち並んでいて閑静な佇まいである。小石川植物園も行ったが生憎休園日だったので、地下鉄を乗り継いですぐの千鳥ヶ淵の桜も欲張って見に行った。しかし人、人、人の大行列に、お濠の桜もかなり興ざめ。 
 
| Nature | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
節分『鬼は外?』
 この立春の前日、豆を撒いて鬼を退散させるという行事は、古来宮中で年末に行われている厄払いの行事『追儺』(ついな)が、近世になって民間の節分の習慣に加わってできたようだ。リリーちゃんの通う保育園も、この豆まきが年中行事で、先生方が鬼になって駆け回り、園児たちがキャッキャと言って追いかけまわす。園長先生は大柄な、というより丸々と太った、いつもニコニコ笑顔を絶やさない優しいおばちゃん先生であるが、鬼の面をかぶって迫ってきたらさぞ怖かろうと、私は園児になったつもりでいつも想像する。
家ごとに儺やらふ声ぞきこゆなるいづくに鬼はすだくなるらむ 藤原定家
           すだく・・・集まり騒ぐ
昔は夕方になると、町内のあっちからもこっちからも、『福は内、鬼は外』の声が聞こえてきたものだ。今では豆まきをする気力と、笑われてもよいという「あほらしさ」が消えてしまって、私は静かに酒を飲んでいる。
 福は内へ鬼は外へと打つ豆の腹に当たりてあらくさやふん     半井卜養
なんだコンチクショウと荒っぽくいなす感じか。卜養は江戸時代初期の堺の医師。反権力の鬼の気持ちが伝わってきておもしろい。
 年ごとにやらへど鬼のまうでくる都は人の住むべかりける     上田秋成
都は、確かに良いところなのだろう、追い払われても追い払われても鬼が毎年来るのだから。都は、いやこの世は鬼も人も皆一緒に暮らしている。しかし誰が鬼だかわからない。自分も鬼の一匹なのかもしれない。
 
| Nature | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP