After the Pleistocene

A memory of my ramble
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映画「ラ・ラ・ランド」
 この作品は今年のアカデミー賞をいろいろ得ているが、私の基準から見るとそれほど優れた作品とは思えないのだが・・・不出来という評価ではないが、この程度のストーリー、役者、ダンス、歌、衣装、舞台装置などなどで、ミュージカルのベストとは言い難い。
 ハリウッドやブロードウェーの下積みからトップにのし上がる物語は、「コーラスライン」があるし、よくあるストーリー展開。歌やダンスでは「ウエストサイド物語」や「キャバレー」には敵わないし、時代背景が解からず、出演者の衣装がとても陳腐なのには驚いた。ジャズがロックに押されていると主人公のピアニスト、セバスチャン(ライアン・ゴズリング)は弱々しく言うが、映画「セッション」(監督は同じデミアン・チャゼル)並みの熱い演奏が聴けたわけではない。勿論ジャズへの鎮魂歌でもない。セバスチャンがいつもくたびれているように見える(若さがない)のはこちらの思い過ごしか?
 女主人公ミア(エマ・ストーン)が最後のオーデションで自分の思いを歌い始める場面が印象に残った。最後の章と思われる場面、観客の予想とガラリと変わった主人公二人の人生展開がおもしろかったが、残念ながら強く余韻を残すほどのものではなかった。思い出すわが青春のミュージカル映画では、「回転木馬」や「南太平洋」は夢を歌い上げてくれたし、「ムーラン・ルージュ」「マイ・フェア・レディ」や「オペラ座の怪人」は実に楽しかった。どこかで再上映してないかなあ。
 
| Movie | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「王様のためのホログラム」
 われわれの視線の先は、もうこのような一種の『カルチャーショック』を楽しむ余裕がなくなってきているような気がする。日本も含め欧米先進国の社会は、激烈な企業競争があり、離婚や倒産の存在する競争社会を個人は生き抜かねばならない一方、後進諸国はほんの一部の上層階級を除いて、毎日の生活に汲々としている。こんな後進国の土地に3Dホログラムを導入してなんの効果が期待できるのか?映画ではこの疑問には誰も答えようとしない。
 荒唐無稽、奇想天外なプロジェクト「砂漠でサーモンフィッシング」と比較しても遜色ないプロジェクトだと思うが、意外にこちらのホログラムの方がすぐに実現可能だと思わせる。ドバイやカタールの表面的な華美さに目を奪われているせいか。だが結局期待したほど商品は売れず、終いは砂漠の瓦礫になってしまう悲観的な予想に私は陥る。映画はハッピーエンドで閉じたが、オイルで儲けた金は結局自国では消費できず、欧米諸国に再投資される状態がまだ50年ぐらいは続きそうだ。
 トム・ハンクス主演、サリタ・チョウドリー(女医)、監督トム・ティクヴァ
| Movie | 22:20 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「沈黙」
 「神はなぜこのように苦しんでいる我々の前に現れて、なにか明示してくれないのか?」神の実在を信じ、神による救いを信じている者たちの前に、なぜ神は沈黙したままでいるのか、と厳しく問う遠藤周作の小説がマーティン・スコセッシ監督の手でハリウッドで映画化された。
 キリシタン禁制の徳川時代、先に日本へ布教に赴いた信仰篤きフェレイラがどうして棄教することになったのかも確かめたく、また二人の宣教師が新たに日本に派遣されてきた。一方幕府の政策は単に宣教師や信者たちを根絶やしにするのではなく、彼らの棄教を図ることに重きが置かれていた。拷問や踏み絵で激しく彼らを揺さぶり、「転ばす」ことを主眼とした。一層のこと殺してしまった方が手早いはずなのに。いや、そうではないのだ。その信仰そのものを否定しなければ、次から次にまたその追従者が現れてくることを為政者は知っていた。その数は限りなく自分たちの天下が覆される可能性を秘めていた。かって仏教徒も迫害され、いままたキリシタンも追い詰められていたが・・・
 宣教者自身への拷問には耐えられても、信者たちへの迫害の凄さに怯えて堪えられない事態に。フェレイラも耐えられなかった。でも考えてみると、宣教師たちは信者たちの苦しみを和らげるために棄教する必要はなかったかもしれない。迫害されたかっての仏教徒も、今またこれらのキリシタンも、この世は有限で、永遠の平安が続くパライソ(浄土であり、天国でもある世界)が死後にあることを信じていたのだから。彼らにとって神の沈黙はあの世の平安を予知させるものであったと私は思う。
| Movie | 23:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「マダム・フローレンス!夢見るふたり」
 本来ならかなり嫌味な映画になるところ、軽く甘酸っぱい喜劇に仕上げたところが興味深い。金持ちでニューヨーク社交界の花形、マダム・フローレンス・ジェンキンス(メリル・ストリープ)は音痴にもかかわらず、パーティを開いて歌う。舞台衣装にもいつも贅を尽くしている。そしてとうとうあの伝統あるカーネーギー・ホールの舞台に立うとする。しかも難解なモーツァルトの「夜の女王のアリア」(コロラトゥーラ・ソプラノ)などを歌うとは。自分の身体は、かって重い病気にかかったことがあるのも世間には隠していた。
 自分は歌が下手であると多少は自覚しているところもあるが、マダム・フローレンスは他人の批判はものともしない。大多数の人たちを楽しませているとむしろ開き直っているところもある。しかしその陰で彼女の「夫」シンクレア・ベィフィールド(ヒュー・グラント)が大勢の観客をタダで招待し、音楽批評家まで買収して、彼女を擁護する工作をいつもしている。しかもフローレンスを批判している新聞などは、彼女の眼に触れないように特別配慮する(ふざけているのではないかと思われるほど本来非常に涙ぐましい努力)。シンクレアのこのなんとも軽妙な行動がフローレンスを支えていると言ってもよい。(ヒュー・グラントがなかなかうまい演技だ。)またピアノ伴奏者のコズメ(サイモン・ヘルバーグ)も調子を合わせて大舞台に臨むのだった。
 これはまだ第二次世界大戦中の1944年10月の実話だという。日本ならそんな歌舞音曲を禁止していた時代だったのに。メリル・ストリープは「マンマ・ミーア」などミュージカルも演じたように歌も下手ではないと思うのに、見事に調子を外してハラハラさせる。年末の忙しさを忘れさせる楽しい喜劇でした。
監督 スティーブン・フリアーズ 
| Movie | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「聖の青春」
 1998年29歳の若さで亡くなった天才棋士村山聖(さとし)の人生をなぞる。将棋も囲碁も詳しくない筆者としては、どんなに激しい闘いが若き天才七冠羽生善治との間で繰り広げられたか残念ながらわからない。本来なら棋譜の一つでもじっくりと検討するところ、ネフローゼ症候群により幼少より病弱で、最後は膀胱がんに苦悶する闘病生活を追う形になるのは、きっとご本人も気に食わないだろう。『負けるのは死ぬほど悔しい』と羽生に言わしめ、同じ思いを心に抱いていた村山との対局は、これからというところで永久に中断されてしまった。囲碁の世界で本因坊秀哉を描いた川端康成の『名人』との比較を改めて論じてみたい。
 配役 村山聖(松山ケンイチ)、羽生善治(東出昌大)師匠森信雄(リリー・フランキー)母(竹下景子)
 原作 大崎善生  監督 森義隆
| Movie | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「インフェルノ」
 頭に重傷を負ったラングドン教授(トム・ハンクス)が、フレンチェの病院のベッドで昏睡から目を覚ましたとき、記憶喪失で事態はよくつかめなかったが、殺し屋が迫ってくる中で次第に判明したことは、世界の人口の半分以上が死滅する可能性をもつばい菌がばらまかれる凶悪テロが間近に迫っており、しかもその期限はそれから48時間だという。すでに『ダ・ヴィンチ・コード』や『天使と悪魔』で見たと同じように、教授は名所旧跡を大急ぎで駆け回って謎解きを重ねる。
 毎回この宗教象徴学者(symbologist)ラングドン教授と一緒して翻弄されっぱなしなのだが、今回はわからないながらも今までより易しい謎解きのように見えた。それにしても私はダンテの『地獄篇』があんな簡単な説明と描写で済まされるとは思わなかった。毎度のアナグラムの解明だけでないものを見てみたい。(改めて『インフェルノ』はダンテの『地獄篇』を意味することをこの映画を見てから知った。誰か、落語『地獄八景亡者戯』の世界とどう違うか解説してくれないだろうか?)監督ロン・ハワード
 
 
| Movie | 22:30 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「われらが背きし者」
 原作者がジョン・ル・カレで、主演がユアン・マクレガーというどちらも私好みな組み合わせなのでふらっと映画館に入ったが、作品の質はあまり高くない。平凡な大学教授がパリやモロッコで、ロシアン・マフィアと偶々巡り合わせ、このマフィア一家の亡命に手を貸さざるを得ない危険に遭遇した。『なぜ僕が・・・』マフィアと英国秘密諜報組織(MI6)の仲立ちに選ばれたのか、疑問は絶えず彼の脳中に去来する。しかし身に降る火の粉は払わにゃならない、という次第。
 ニュージーランドのマオリの戦士も驚く、全身刺青だらけのロシアのマフィアのついてはすでに『イースタン・プロミス』でお馴染みだ。しかしあの映画のようなキーンと張り詰めた緊張感はここにはない。逆に007のような遊びも美女ももちろん存在しない。争奪する対象は大金でも宝石でもなく、秘密書類が入った小さなメモリーステック。それも今や元CIAのエドワード・スノーデンの大量秘密文書が開示された現在では、地下の闇ルートを使ったマネー・ロンダリングもそれほど驚くほどのことではなくなってしまった。
 最後にちょっと驚いたのは、ロシアの闇社会や企業と結びついたイギリス政治家がぞろぞろ出てきたこと。今やイギリスも資本主義社会となったロシアも、金もうけのためならどんな手段も辞さない連中が政治を動かしているのではなかろうか?そしてこの日本は・・・?監督 スザンナ・ホワイト
| Movie | 11:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」
 作家と編集者との関係は、憎んでも憎み切れない関係、愛しても愛しきれない非常に濃密な関係が存在するにちがいない。特に作家がまだ世に認められていない新人の場合には。惨めなほど文章はズタズタに切られ、語句は徹底的に編集者に直される。そしてプライドを傷つけられた作家に対して、ベテラン編集者は、「あなたは素晴らしいものをもっているのだ。読者はそれを待っている。しかしこのままでは誰も読んでくれませんよ」と言う。
 マックス・パーキンズ(コリン・ファース)はすでにスコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウエーを見出したニューヨークのベテラン編集者。そこにトーマス・ウルフ(ジュード・ロウ)があちこちですでに没にされた原稿の束を抱えて現れる。1930年代初め頃か、世は不況の時代でほとんどの人間が食うに困っている。意外やマックスは、その原稿に手を入れさせてくれるなら買い取ろうと言って、500ドルの小切手をポンと渡した。トーマスは愛人アリーン(ニコール・キッドマン)に食わせてもらっている存在だった。悪戦苦闘してこの原稿はベストセラー本『天使よ故郷を見よ』となった。残念ながら私はトーマス・ウルフのこの本を読んでいないので、どのように優れた作品なのかわからない。しかしその編集過程はこの映画から十分想像できる。『あなたはこういうことを言いたかったのではないか』という編集者の問いかけに、原稿をズタズタにされた作家が肯定するしかなかった状況を。しかしアリーンにとっては、最愛の人トーマスをマックスに奪われたとしてピストルをもって脅しに現れた。
 どういう生活信条だか、多分寝るとき以外はいつもずうっと帽子をかぶったままでマックスは生活している。1938年トーマス・ウルフは37歳の若さで脳腫瘍のため亡くなった。音楽家のガーシュインもその頃そのぐらいの年齢で脳腫瘍死んでいる。ジャズエイジの不思議な因縁でもある。監督マイケル・グランデージ
 
| Movie | 23:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「ハドソン川の奇跡」
 2009年の1月15日ニューヨークで起きたこの有名な飛行機事故を、その後起きた裁判の進行でこの事故を再現化し、その描写は実に冷静で抑えた演出のドラマになっている。ビルの密集したニューヨークの市街に墜落することもなく、厳寒のハドソン川に着水し、なんと乗客乗員155人が全員無事に生還した。映画はよかったよかったと、大騒ぎして喜ぶ単純な描写からはほど遠いものだった。
 裁判になった原因は、左右のジェットエンジンをだめにしてしまったバードストライクの事故機エアーバスA320を、あれほどの危険を冒さなくても、最寄りの飛行場に帰還させえたのではないか、というものであった。57歳の機長チェズレイ・“サリー”・サレンバーガー(トム・ハンクス)と、49歳の副機長ジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)のその冷静な行動(彼らは一度も冷や汗をぬぐうシーンはなかった)は、シュミレーションによって否定された。副機長は「これはゲームのようなものではないのだ。」と言って、機長の行動を弁護し、機長はこのシュミレーションを操縦するものがいままでに何回操作したのか、と疑問を投げかけた。(彼らはなんと17回も操作していて、その行動に疑問や逡巡が入る余地を残してなかった。)そして最終決断に至る最後の段階で35秒の検討と逡巡の時間を挟むことによって事態はどう変わるか、再検討させた。
 裁判の最終結論が下される前に、機長と副機長は休憩をとって彼らの勝訴を確信したが、そこで機長が“We did our job."と副機長に語ったのが印象的だった。裁判の終わりにあたり、彼は乗客や乗員の協力、すぐに救助に駆けつけてくれた通勤フェリーの乗員や沿岸警備隊、消防隊に感謝の気持ちを表明したのも素晴らしい。そして副機長が、「これが7月であったならもっとよかった」と言って全員を笑わせた。
 私のアメリカ人の英語教師マドリーヌ・テデスコさんは、アメリカ人は安易に『ミラクル』という言葉を口にする、と言っていたが、これがもっと天候が悪くて川面も荒れていたら、あるいはもっと暗かったら、などなどほんの些細なことでも考えると、これは奇跡ミラクルかもしれないと思う。それにしても機長の優れた決断があってのことだが・・・ 監督 クリント・イーストウッド
| Movie | 11:29 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「後妻業の女」
 八割がた空席の館内を見回すと、そのパラパラの観客の九割が中年女性で占められているのはどうしたわけか?あな恐ろしや! 『後妻業』とは細君を失くした高齢者の資産家を、手練手管でものにして後妻の座に収まり、その遺産をごっそり掠め取ろうという凄い企み。「読書と夜空を見上げることが好き」と自己紹介する63歳の武内小夜子(大竹しのぶ)は結婚相談所の所長柏木(豊川悦司)と組んで、もうすでに8件ものこの詐欺行為を堂々とこなしている煮ても焼いても食えない女。今しも余命いくばくもない元大学教授の耕造(津川雅彦)をたらしこんだ。(津川雅彦は映画や舞台のドラマの上でもう何回死んだことだろう。)
 せわしなく金儲けを企み、ちまちまとセックスにはまり込んだ最初から最後まで関西風のどぎつい映画で、かなり辟易しながら見ていたが、途中興信所の探偵(永瀬正敏)が現れるや忽ち悪事は露見し、簡単に醜態を晒すとはいささかもの足りないものだった。生ぬるい結末を捨て「悪に強きは善にも」とばかり、ここは大きくどんでん返し、と期待するのは私だけかもしれない。
 金も資産もない男、年金だけで汲々と生活している男がなに寝言を言っているのか、というなかれ。これからますます人間の寿命は延び、数の上でも経済的にも圧倒的に女性優位の時代が来るのに、寿命の尽きた男の財産を狙うような女はいないよね。いやいやどうだか? 原作 黒川博行 監督 鶴橋康夫
| Movie | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP