After the Pleistocene

A memory of my ramble
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文楽「冥途の飛脚」
 言ってみれば公金、為替金高三百両を客に届けるために懐に入れた飛脚商売の忠兵衛が、馴染みの遊女梅川の身請けのために使い込みそうになるかもしれない危うい瞬間、道中でその身は二つに分かれて行きつ戻りつ
・・いや大事、この銀(かね)はもっては使いたかろう、置いてくれう、置いてくれう、行て退けう、行て退けう、やっぱり置いてくれう、いや行て退けう・・と一度は思案、二度は不思案、三度飛脚。戻れば合わせて六道の、冥途の飛脚。
忠兵衛は五度六度行きつ戻りつ、身もだえしつつ、やはり梅川のもとに走ってゆく。
 今回の公演では、新口村の段が「道行相合かご」となって、忠兵衛が実の父親と会う場面はない。敢えて注文を付けるなら最後の死出の旅路、雪が積もった道を二人が登ってゆく場面で幕切れとしてほしかった。世の中の酸いも甘いも知り尽くした梅川が、このような事態に忠兵衛を引きずり込んでしまった責任の一端を、愛しむように抱擁して許してあげたい。バレンタイン・デーに国立劇場にて、人形忠兵衛吉田玉男、梅川豊松清十郎。封印切の段竹本千歳太夫。
| Art | 21:38 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
西江辰郎のヴァイオリン独奏
 昨年12月、このところ少し慣例になってきた第九交響楽はやめて、習志野フィルハーモニー管弦楽団の第90回定期演奏会に行った。(習志野文化ホール)そこで『シベリウスのヴァイオリン協奏曲』を聴き、身体が熱くなるような体験をした。独奏者は西江辰郎(にしえ・たつお)氏、新日本フィルハーモニーのコンサートマスターだという。
 長身白皙の若者が演奏するヴァイオリンの響きは、ほぼ満員の会場の人びとすべてを魅了したと言っても言い過ぎではないだろう。低く強く、高く細く、まさしく「北欧の空を、悠然と滑空するワシのように」演じ、オーケストラとも見事に調和し、華麗に舞った感がする。田久保裕一指揮する習志野フィルもこの独奏者に刺激されてか、迫力ある熱のこもったアンサンブルを聴かせてくれた。
 このところ私は腰が痛く毎週リハビリに通っている、また目や歯がさらに悪くなった、アレルギー性皮膚炎で背中が絶えずかゆいとか、頻尿症で病院通いをしているなどなど、残念ながら身体的な欠陥には事欠かなくなってしまった。さらに悪いのは記憶力が急速に劣化したこと。英会話の教室で簡単な単語がすぐに出ない。普通の会話でも失語症に陥った如く身もだえすることがしばし。70代半ばを過ぎて老化現象もいよいよ最終局面に入ったか? そんなことを考えることが日々多くなった。
 私はこの日この若きヴァイオリニストの演奏に感激するとともに、そんな彼の若さを羨む自分より、彼のエネルギーの昇華が私を元気づける方向に働いたことに改めて感謝したい。素晴らしい演奏ありがとう。
 
| Art | 15:03 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
習志野フィル演奏会
 それはコンサートマスターがオーケストラの調音を終えて着席し、いよいよ指揮者の出を待つほんの短い間に起きた。『バシッ』とまるで木が裂けたような音が場内にこだました。コンサートマスターのすぐ後ろに座っていた女性奏者が立ち上がるとヴァイオリンをもって倉皇と楽屋に引き下がった。いつもより長い時間をおいて指揮者だけが現れて演奏が始まった。 曲はショスタコヴィチ第5番『革命』。第1楽章が終わるまでその席は空席のまま、ようやく第2楽章がはじまる前の小休止の時に奏者は戻ってきた。
 現場は見なかったが、多分弦が切れたのだと思う。それにしても演奏がこれから始まろうとするときに弦が切れることがあるのだろうかと不思議に思った。パガニーニの映画でも見たようにヴァイオリンの弦が切れることはよくあるようで、予備のヴァイオリンを舞台片隅に用意している場合もあると聞く。しかし今回奏者は相当慌てていた様子がする。この交響曲、ショスタコヴィチがスターリンの鼻息をうかがいながら作曲したという噂もあるから、その演奏でミスをしたなら、シベリヤ行きもあるかと私は想像を逞しくした。そして ・・・三の糸切れたら二の糸で…二の糸が切れても一の糸でその音はだせる。そやけども、一の糸が切れたときは三味線はその場で舌を噛んで死ななならんのや・・・・と徳兵衛が悲痛に語った『一の糸』(有吉佐和子作)を思い出した。
 革命のお祭り騒ぎの部分は確かにあるが、全体は静かな雰囲気が漂っている曲のように感じた。演奏が終わって喜びとともに通常ほっとする感じが沸き起こるのだが、今回の演奏会はなにか少し重苦しい空気で覆われていた。
| Art | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
カラヴァッジョ展(国立西洋美術館)
 どういうわけかごく最近まで、カラヴァッジョはドラクロアなんかと同時代の人物だ、と私は思いこんでいた。陰影の濃い、激しい息遣いが感じられる画面から勝手に想像していたのだ。カラヴァッジョが活躍したのは16世紀終わりから17世紀初め、ラファエロ、ミケランジェロなどのルネッサンス期の後に登場するイタリア人画家。一方ドラクロアは19世紀前半、ナポレオン一世から三世の時代に活躍したフランスロマン主義を代表する画家であった。カラヴァッジョの数奇な人生については、偶々『攻略!英語リスニング』で予習していたので驚かなかったが、喧嘩っ早い男だったようで40歳前に死んでしまった。気の毒な人生だ。
 展示は7つの部屋に分散されて、各部屋に1点か2点彼自身の作品があり、ほかは彼の流派が当時描いた作品群で、みなまとまりがあってなかなか良かった。流派といっても彼の弟子と言うわけでなく、いわゆるバロック期のイタリア絵画である。『マッフェオ・バルベリーニの肖像』をカラヴァッジョが描き、その画の青年が後年教皇(ウルバヌス8世)になった姿を、ベルニーニが描いているのが面白かった。ほかの作品ではウフィツィ美術館所蔵の『バッカス』だろうか。またキリスト磔の決定的瞬間、『エッケ・ホモ』(この人を見よ)といばらの冠をかぶせ、紫のコートを被せたキリストを前に総督ピラトが人々に語り掛けるシーン。この絵画は今でも強い感動をもたらしている。
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習志野第九演奏会
 久しぶりに習志野文化ホールでオーケストラを聴く。年末慣例の『ベートーヴェンの第九交響曲合唱付き』である。千葉県で唯一のプロ集団だという「ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉」は、やや小ぶりのオーケストラだったが、アンサンブルはとても豊かに聞こえた。(ドラムや管楽器の音がが少しわびしく聞こえた。)それに対し習志野第九合唱団は330名近くの大合唱団。オーケストラやソロの独唱者を圧倒していた。ソロの4人はやはりオーケストラの前に位置した方が私は好いと思う。バリトンの原田圭がよかった。ないものねだりではないが、もう1曲ぐらいこの合唱団の歌声を聴きたかった。4年振りにシニアーたちの勇気ある『歓喜の歌』を楽しんだ。指揮飯守泰次郎
 1824年この第九交響曲が初演されたときには、もう指揮者のベートーヴェンの耳は聞こえなくなっていて、聴衆の鳴りやまぬ拍手は、歌手が彼を振り向かせるまでわからなかったという。でもその感激は如何許りだったろう。 
| Art | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
始皇帝と大兵馬俑展
 約180年続いた中国の戦国時代を統一した秦の始皇帝は、その後僅か15年で身罷ってしまった。(BC206) 秦は中央集権的な君主制を始めて中国に布き、万里の長城を大幅に拡張し、貨幣を統一し度量衡を定めた。空しく散ってしまうわが身を、永遠に留めておくために壮大な陵を首都咸陽(現在の西安)の近くに作って、数千の俑に守らせた。『俑』とは中国で墓主の死後の助けるものとして副葬された木製・土製・金属製の人形と広辞苑にはある。我が国の埴輪に比較すると、ここにある兵馬俑はなんとリアルで、生命力あふれた彫像なことだろう。一体一体がみな異なった容貌を持っているという。異なった衣装、髪形、武器などほぼ等身大の土製の人形(製作当時は皆彩色してあったという。)は、八千体はあるというがまだ全貌は明らかではない。始皇帝陵の地下には多分始皇帝のミイラが埋葬されていると思うが、そこに到達するのはあと何年先だろうか。
 威厳を秘めた将軍俑、いまにもボウガンを発射せんと身構えた跪射俑など、本物の兵馬俑たち10体は、正に血の通った人間と向き合った感じがして、何か問いかけたら彼らからすぐ返事が返ってくるような幻覚を見た。晴れやかで自信に満ちた姿を見て何か勇気を感じ取ることができた。上野 国立博物館にて。
 
 
| Art | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
「ルーシー・リー展」
 現在千葉市美術館では、ルーシー・リーの没後20周年を記念して、その回顧展を開催している。ルーシー・リー(1902〜1995)はウイーン生まれのユダヤ系英国人陶芸家で、1938年危ういところでナチスの手を逃れ、ウイーンからロンドンに脱出する。彼女が80歳の時、リチャード・アッテンボローが彼女をインタヴューするビデオを美術館で見たが、なかなかその作品がイギリスで認められないで苦労した話をしていた。下積みの生活を続け、ようやく彼女独自のものを生み出したときに、大御所のバーナード・リーチに認められ、彼の推薦もあって自分の作品が売れるようになったと語っていた。浜田庄一や白樺派の作家たちと親交のあったあの『バーナード・リーチ』である。
 一本一本手書きで細い線を描く「ピンク線文鉢」や、少しアンバランスな大きな口を持った「スパイラル文花器」など繊細な感じのする作品よりも、民芸風な象嵌や掻き落としの方が私は好きだ。溶岩釉もよい。まだ作品が売れなかった頃、陶器のボタンや飾りを作り、その過程で土や釉を一生懸命研究したようだ。彼女の陶芸作品がろくろを使ったものが多いので、極めて高価にはなっていないことを強調していたが、その価値判断は私はわからない。
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『みちのくの仏像』
 うちのカミさんに言わせると、美術館に来た仏さんを拝んでもご利益はないそうだ。なぜなら、その仏たちはそのお寺を出るとき魂を抜かれているからだ、という。そうかもしれないが、ここ上野の国立博物館に展示された仏たちに、何人もの人たちが手を合わせていた。大震災の犠牲者に哀悼の意を表したかったのかも。かくいう私も手こそ合わせなかったが、心の中で頭を垂れた。人々の病や怪我を直し、さまざまな災難をしずめ、その苦しみから救ってきた平安時代以来約千年の長い年月を、この仏たちの御姿に感じることができたから。
 宮城県双林寺の薬師如来、福島県勝常寺の薬師如来、岩手県黒石寺の薬師如来、これら三つのお薬師さまが中心の小さな特別展だが、ほかのどの菩薩もどの観音様もみな輝いているように見えた。黒石寺の薬師如来には、その胎内に西暦862年にあたる書付があり、この御仏は西暦869年に起きた貞観大地震大津波を見、いままた2011年平成の東北大震災を経験したことになる。あゝ、この年月、短いようで長く、長いようで短いなあ!
 博物館の一般展では狩野永徳の『檜図屏風』が展示してあった。画面いっぱいに描かれた檜、その生命力あふれる姿には感動せずにはいられなかった。まことに凄まじい迫力がある。強く生きるということはこんな姿かもしれない。
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ヘンデル「ハレルヤコーラス」
 習志野文化ホールにおけるヘンデル・ガラコンサートは、オラトリオ『メサイア』で締めくくったが、その第39番ハレルヤは『ハレルヤコーラス』として有名だ。習志野文化ホール楽友合唱団が素晴らしい合唱を聴かせてくれた。シニアーの顔ぶれを多数見かけたが、のびやかにゆるやかに、ハレルヤを歌い上げる合唱団に、私は思わず嫉妬に似た感情を抱いた。(なぜ自分はあの中に加わっていないのか?)
 指揮者、田久保祐一はアンコールに、もう一度この『ハレルヤコーラス』を取り上げた。最後はほぼ満席に埋まった聴衆の全てをも巻き込んだハレルヤのコーラスで、みんなの輝かしい晴れやかな顔、顔、顔。独唱はソプラノが藤井冴、カウンターテナーが村松稔之でアルトの部分を歌った。ソプラノの藤井が良かった。

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ピアノ山本貴志『ブラームスピアノ協奏曲第一番』
 習志野フィルハーモニー管弦楽団の第86回定期演奏会は、習志野文化ホールでピアノ独奏者に山本貴志を迎えてブラームスの『ピアノ協奏曲第一番』を演じた。曲の初めはヴァイオリンの響きが少し気になったが、やがて指揮者田久保裕一の熱気が伝わってきて非常に盛り上がった。20代前半ぐらいに見えた小柄な山本の演奏は実にエネルギーあふれる連打、早くも思わず第一楽章の終わりで拍手を浴びる事態に。(実際のピアニスト山本はこれから32歳になるところ。)低い姿勢から挑みかかるように展開する。終楽章では身体を大きく上下させ、感動を目一杯に表現しているように感じた。「ブラームスはお好きですか?」と聞かれたら、今なら「大好きです。」と私は答えるだろう。
 山本とまじかに話をしたら、インテル・ミラノの長友選手と同じようなひょうきんな話が聞けるのではないかと思えるほど、ピアノを離れたら楽しいのではないかと想像した。昨年秋からポーランドに在住して演奏活動をしているようだ。あと20年もしたらホロヴィッツのような軟らかいタッチのピアノが聞けるかもしれない。アンコールではショパンのノクターンを聴かせてくれた。今回習志野フィルハーモニーは創立45周年記念ということで、ゆかりの『青きドナウ』を最後に演奏した。それが新年の演奏会らしくとてもよかった。
 
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