After the Pleistocene

A memory of my ramble
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総選挙の行方

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 10月11日の日経平均株価は、あのアベノミクス全盛だった2015年6月の高値(20,868円)を抜き、さらに21年前1996年10月のバブル崩壊前の記録も超え20,881円を付けた。(あとは1989年から1990年初めにかけての高値を凌駕するかどうかだが・・・)今日13日は更に上昇して21,155円を付ける。これは、この総選挙で安倍内閣が安定多数を得られる予兆とみたがどうか。
 『希望の党』は民進党との合併直後、「憲法改正に反対する人たちを加える意思はさらさらない。」という党首小池百合子の発言で民進党が分裂し、自民・公明党の政権与党は非常に戦いやすい状況になってしまった。小池発言の意図は、都議会議員選挙における「都民ファースト」の躍進に力を得て、さらに国政においても旋風を巻き起こさんとしたのかもしれないが、あまりにもあざとい仕業と思われる。もしかすると自民党が分裂して合流することまで彼女は期待したのかもしれない。
 私の意見としては、できるなら憲法を改正して自衛隊を憲法上で公認したいと思うが、いまのままでも機能していける自信、実力は十分にあるのではないかと思う。北朝鮮や中国の核の脅威に怯えないだけの国際協調を展開すべきと信じている。
 
 
| Diary | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
床屋政談

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 散髪をしながら「ダンナ、ありゃちょっとパクリじゃないですかね。」といつもの理髪店のオヤジが言った。小池百合子知事の新党『希望の党』のことだ。公明党の宣伝ポスターの文句の『希望が、ゆきわたる国へ。』から剽窃したのではないかというのだ。多分そうかもしれないが、もうひとつパッとしない党名だ。『希望が、ゆきわたる国』というのも、おかしな日本語の感じがする。『希望が、』でなぜ句読点が入るのか。もしかすると『希望だけが、』の可能性がある。『希望に満ち溢れた国』ならわかるのだけれど。希望の党は小池百合子だけが輝いていればよいのかもしれないが、内容が少しも明らかにされてこない。この間の選挙で勝利した東京都議会での新議員の活躍もさっぱり聞こえてこない。しかし今、衆議院の解散、総選挙となって、この『希望の党』が台風の目となってきた。民進党が解党して希望の党と合体しようとしている。
 安倍首相は衆議院3分の2以上の与党議員に囲まれ、まだ1年以上の任期を余しているのにもかかわらず、9月に入って突然解散の挙に打って出た。そして北朝鮮のミサイル発射や水爆実験に対する国を挙げての反対意思を表明する『国難突破解散』という名目を掲げた。本来ならわが国はアメリカと北朝鮮の間に入って、なんとか解決策を模索するところだが、それは全くない。アフガンからイラクに波及したアメリカの戦争の波がこの極東にも及ぶとしたら、(私には満州事変以来シナ事変・太平洋戦争と戦争を吹っ切れなかったわが国の状況を想起するとき)どれほどヒステリックな意見が飛び交うか私は想像できない。
 国内問題では野党側は、森友学園や加計学園の『疑惑隠し解散』と追及するが、いままでぬらりくらりと交わされてさっぱり実効が上がっていない。お役所のペースに嵌ってしまったと思うしかない。また少子高齢化社会を見据えて、消費税アップの財源を幼児教育や保育の無償化につなげたいと安倍氏は発表しているが、これもつい最近民進党の党首に選ばれた前原氏の政策をパクったのではないかとも言われている。しかし北朝鮮問題に比較すると誠におとなしいではないか?核シェルターの設置まで考えている人がいまどれほどいるだろう?
 
| Diary | 22:38 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「セザンヌと過ごした時間」

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 原題は「セザンヌと私」だが、日本での公開は「セザンヌとゾラ」にすべきではなかったのかと思った。19世紀後半フランスの画家と文学者、二人は十代初めからの親友付合いで、その交遊は40年以上に及ぶ。その長い付合いの途中に生起した物語を、仲が良かった時代から晩年に至っては一旦は破局に至った経緯を、緩やかに回想しながら、映画は『ベル・エポック』をしみじみと感じさせる。
 ポール・セザンヌ(1839〜1906)(ギョーム・ガリエンヌ)は裕福な商人の子供、一方エミール・ゾラ(1840〜1902)(ギョーム・カネ)は貧乏なイタリア移民の子、セザンヌが13歳の時ほぼ同年のゾラに親しく接したことから、ゾラがリンゴを贈って仲良くなった話はかなり有名なことらしい。映画が始まってしばらくの間、私の呆けた頭では成人した二人の、どちらがセザンヌでどちらがゾラなのか、なかなかわからなかった。最晩年まで有名になることはなかったセザンヌは、親から勧められた結婚話を断ったために仕送りを止められた時期があり、すでに若くして自然主義の作家として世の認められたゾラによって生活費の援助を受けていたことがあった。一方ゾラの奥さんはかってセザンヌのモデルであり、恋仲でもあった。ゾラはセザンヌをモデルとした小説『制作』を発表して二人は絶交状態になる。
 時代は普仏戦争に敗れた後の第三共和政の世の中。1870年代に『居酒屋』や『ナナ』を発表してフローベルやモーパッサンらとともに自然主義文学の旗手となったゾラと、なかなか世に受け入れられなかった『印象派』の画家たち、(セザンヌ自身は印象派の画家と見られることを嫌っていたようだが)、具体的な芸術論争は見られなかったようだ。エドアルド・マネの『草上の昼食』や『オランピア』のヌードはスキャンダルとなったが・・・・
 セザンヌは私の好きな画家の一人である。具体的な芸術論争は見てとれなかったが(印象派の画家ゴーギャンは激しい文明論を展開した。)その激しい性格には驚かされた。サント・ヴィクトワール山を描いた風景画や果物を描いた静物画など内に秘めた情熱は如何ばかりだったろう。ゾラが後年ドレフュース事件で展開したような厳しい態度もこの映画ではまだ内に秘めたままである。監督 ダニエル・トンプソン
| Movie | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
ウーバー旋風

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 このお盆休みでまた息子たち家族と那須・白河へ旅行した。われわれ老夫婦はただぶら下がっているだけで、すべて彼らが計画してくれるから楽と言えば楽だけど・・・・。腰が痛いなど確かにあまり身体の自由は利かなくなり、もう無理はできない身体になってしまったことは否定できないが、やれ耳が遠くなってきたとか、腰が曲がってきたとかは見る人の主観も大分入っているのではないかと私は推測する。いつものように孫たちとトランプで遊ぶことができ楽しかったけれど。
 最近デトロイトと北京へビジネスで旅行をした息子の話がおもしろかった。スマホの位置情報を利用したタクシーの利用(ウーバー)が非常に便利だったこと。しかも北京では同じような方法で乗り捨てに近い形で自転車を利用できるという。世の中進んでいるなあと嘆息するばかりだ。それにしてもなぜ日本ではまだそれが発達してこないのだろう?その昔、世界各国で携帯電話がすでに利用されているのに、なかなか日本では認可されなかったことが思い出される。北京や上海の物価は東京をはるかに凌駕しているそうだ。
 うちのカミさんはWi-Fi(職場でウイフィーと話して笑われたそうだが)について嫁さんに尋ねていたが、彼女の話しはますます難しくなるだけで要領は得られなかった様子。残念ながら私は端からついて行けなかったのだが。さらに恥ずかしながら、「アマゾン・ボタン」なるサーヴィスも初めて聞いた。遅れているのお〜
 
| Diary | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
津田沼のスカイスクレーパー

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 先々週辺りから西の壁際にある白いムクゲが咲きだし、毎朝咲き終わって道路に散ったつぼみを拾って捨てるのが私の日課になっている。家の東側の柔らかいピンクの芙蓉も今は盛り、ここ数年花を付けなかったアメリカフヨウもフラメンコに出てくるような真っ赤な色彩で現れた。今年は孫のリリーちゃんが学級栽培で余した朝顔の種を植えたので、これも先週末から毎朝二つ三つと咲き始めて楽しませてくれる。庭ではミニトマトが採れ、今年はシシトウが豊作。僅か3本ぐらいなのに十分夕飯のおかずになってくれる。これからはゴーヤがたのしみ。(失敗なのはカボチャで、花はたくさんつけたのに、なんと実を結んでくれない。)
 もはや旧聞に属するが、JR津田沼駅から見るとモリシアの後側に大きなビルが今建設中である。昔仲よし幼稚園という小さな幼稚園があったところで、大分前から駐車場や駐輪場になっていた。仮称だが「津田沼プレミアタワー」と呼ばれている。なんと44階建て(戸数759)のマンションビルがそびえたつことになる。お隣の千葉工大の2棟のビルがともに20階建て、谷津側から見てガガたる砦のようにも見える24階建ての奏の杜のザ・レジデンスのマンション群、そしてこのタワーマンションと揃うと、この津田沼の空も昔風に言うなら『摩天楼』、スカイスクレーパーに占拠される。あのあたり野原を飛び回っていたヒバリたちは今どこへ行ったであろう。私が今心配しているのは、おなじ習志野市でも東側の鷺沼4丁目あたりの広々とした台地。総武線で行くと津田沼から幕張本郷へ行く途中、海側に展開する野菜の畑地である。徐々に戸建て住宅が侵食してゆき、そのうちアパートやマンションも進出するだろう。
 最近耳にした噂では、船橋市役所が移転を考えているとのこと。現在立っているところが津波などの災害に弱いからというのが理由らしい。最近完成した習志野市役所が、どれほどこれら災害に対して検討していたのか私には定かではない。でも両者とも立地条件は大差ないように思うのだが・・・
| Diary | 23:17 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
椿貞雄 展

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 今からおよそ30年以上前の頃の北習志野の、小さな瀬戸もの屋に(骨董屋も兼ねていたのだが)店の壁に冬瓜を描いた一枚の絵が飾ってあった。画面いっぱいに大きな冬瓜、白く粉が吹いたようなその表面、ゆったりどっしりとした存在感。つい撫でてみたいような親しみを感じさせる絵だった。誰の作ですかと訊くと、「椿貞雄」との答。『売り物ではないのですが・・・』と申し訳なさそうに付け加えられた。北習志野の駅前通りを通るたびに、その瀬戸もの屋はこの絵で輝いていたように思う。その頃休日にはケヤキ並木の大通りは歩行者天国になっていて、のんびりと楽しい雰囲気だった。
 千葉市美術館で開催中の『椿貞雄』展は、この冬瓜を画材にした静物画が数点あった。彼はきっとこの植物が好きだったのだろうと推測する。椿貞雄(1896-1957)は山形米沢の生まれ、岸田劉生に師事して『白樺派』と親しく、晩年はこの船橋に住んだ。展示会は劉生の作品も相当数見られる。椿貞雄が描く人物画は非常に劉生風な感じがする。また私は椿貞雄の重たい色使いの風景画より、これら冬瓜などを描いた静物画の方がずっと馴染みやすかった。
 
| Art | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP