After the Pleistocene

A memory of my ramble
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映画「メッセージ」
 われわれ地球人より何層倍も知力の優れた宇宙生物に出くわしたとき、われわれはどうすればよいのか? かって映画「未知との遭遇」でも掲げられた課題。なにしろ光速の数百倍もの速さで移動する宇宙船に乗って現れ、何ら危険な兆候も見せず、かといって友好的な態度も見せない相手に、取り敢えずわれわれは手探りで対応する。この宇宙生物、<ヘプタポッド(『七本足』とでもいうべきか)と名付けられたタコのお化け>に対面するのは言語学者ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)。彼女は彼ら独自の言語を解読するばかりではなく(シャンポリオンがロゼッタ・ストーンでヒエログリフの解読をしたように、ここがこの映画の一番の見所だった)、自分の未来予知能力にも目覚めてくる。彼らは三千年後に恐ろしい未来が地球に到来すると彼女に告げる。
 ともかくこんなに優れた能力を持った生物なら、地球上の言語や歴史、人間の性質までとっくにお見通しだと私は思うが、特にわれわれを『ガツ〜ん』とさせることもなく、彼らは至って平和に地球を離れてゆく。最初は原水爆の飛び交う戦争も想像したが、そんな事態も生起せず、気候変動など凄まじい自然破壊にも遭わず、今までと同じ生活が今後も続くが如きエンディングなのには少し拍子抜けした。これは続編を乞うご期待ということなのか。
 監督ドゥニ・ビルヌーブ
 
| Movie | 22:11 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
月山旅情
 蔵王中央ロープウエーで上がってすぐ、鳥兜山の頂上に立つと、雪を被った山脈がぐるりと見える。西南に飯豊連峰、西方にそれより大きな朝日連峰がそびえ立ち、さらにその北側に丸いドーム状の大きな山塊が座っている。この月山は標高1984m、ブリタニカによれば「まんじゅう笠をのせたように見える」とある。その姿はゆったりとして威厳があり、どこかユーモラスな感じさえする。
 先週初め山形にまた旅行して温泉を楽しんできたが、いまやすっかり夏の気配、持って行った衣類は少しかさばって重く感じた。上山温泉、蔵王温泉と寒河江と回ってきたが、ローカルなバスや電車はまれにしか走っておらず、マイカー族でないわれわれにとって足の確保は誠に不便極まりない。しかも自分たちの足はすっかり衰えている。昔はどこへでも歩いて行ったのに、いまは一時間も歩くとすぐ休憩が必要となる始末。たまたま上山では駅前で乗り合わせる旅館手配のマイクロバスに乗り遅れてしまった。実は早めに着いたので町中でゆっくり食事して散策していたら、定時よりわずか2分の遅れて戻ったのにバスはすでに行ってしまった後。あわてて宿に電話したら、すぐ迎えを寄こしたのには驚いたが、全く当方のミスなのに先方が恐縮しているのは、この業界の激しい競争の現れか。総じてどの旅館のサービスも非常に優秀である。
 『山形のサクランボ』は、はしりのものはもう一部出荷し始めたが、本格的には全くこれからという感じで、赤く色づき始めたサクランボを横目に見ながら寒河江の疎水沿いなど散策した。見た感じではサクランボは7割がた、大きなビニールハウスで栽培されている。タクシーの運転手さんに言わせると、サクランボの摘み取りの季節は農家は非常に忙しくて、誰も飲んだくれてなどいられないという。呑み屋街はガラガラだそうだ。いまそんなゾワゾワとした雰囲気が立ち上ってくる気配を感じた。残念ながら左沢の「日本一公園」には行けなかった。
| Travel | 22:25 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
赤坂憲雄「婆のいざない/地域学へ」
 多分 水木しげるの爛殴殴欧竜澗析此蹐發海侶鷲茲坊劼ると思う『一つ目小僧』は、山陰地方を中心とした製鉄や水銀製造など鉱業に長じた種族が元祖らしい。谷川健一によるとたたら(ふいご)を吹いて火の加減を見るこの人たちは、片目しか使わないことによってこのような奇形が生じたともいう。『メッカチ』なる蔑称も『眼鍛冶』からきていると知った。出雲地方のたたらと言えば『ヤマタノオロチ』も連想する。ヤマトタケルノミコトはおそらく出雲のこの集団を征服したのであろう。しかしその集団は日本全国に散らばって、その異能ぶりを発揮したに違いない。
 約二千年前ごろからこの日本に広がり始めた稲作農民(弥生人)は、次第に縄文人たちを山地に追い上げて大和朝廷を形作ったとは、この著者は解説していないが、民俗学の泰斗柳田国男と折口信夫の間で、村祭りの起源について激しい衝突があったと示す。
 「柳田ははじめに家の神があり、家の信仰があり、それがしだいに拡大することで村の祭りになり、さらには、地域の、また国家の祭りへと拡大していった。」のに対し、折口は「はじめにあるのは家やムラではなく、ムラとムラのはざまを漂泊する異人たちであり、訪れ人でした。神を背負って村々を訪れるマレビト、それは同時に宗教者であり、芸能者でもありました。」として、はじめにマレビトありきとしたのです。まつりはまつりごと、(すなわち芸能は政治に直結します。)『斉家治国平天下』をモットーとするなら、山地の遊民に祭りを任せる訳にはいかないと思うのも尤もだが、江戸幕府以前では国家の締め付けがゆるく、平地の民と山地の民が自由に往来していたことが次第に判明してきた。すなわち、赤坂は折口説に軍配を上げているのだが、今後中央集権的な要素に縛られない、それぞれの地方が持っている自然や風土、歴史や文化などを掘り起こして多元的な開かれたアイデンティティを作り出してゆきたい、そのために『地域学』『東北学』を推し進めてゆきたいと著者は願っている。東北大震災以降著者の意向がどう変化したのかも知りたいところである。

| Book | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「ノー・エスケイプ 自由への国境」
 映画は突然始まって、突然終わるような「不条理劇」の様相を呈す。原題はスペイン語で”DESIERTO 砂漠”である。もっともアメリカとメキシコの国境をこれから不法に越えようとする16人の、メキシコ人一人一人について、その前歴を語っていたなら、それだけで映画は終わってしまう。主人公モイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)はアメリカにいる家族に会うためとしか語られていない。
 見た感じからすると「砂漠」というより「荒野」の、簡単な有刺鉄線の国境を越えた不法侵入者たちは、突然不意に猛犬を連れたサム(ジェフリー・ディーン・モーガン)という「殺し屋」に追い立てられる。単に『法を犯している』という理由だけで、なぜ彼らは殺されなければいけないのか、あまり明快な説明はない。獲物を追うハンターの心理だけ。越境者たちは次々とサムのライフルの餌食となってゆく。最後一人になっても必死になって逃げるモイセスを、サムは執拗に追いかける、どこまでもどこまでも。
 この作品、アルフォンソ・キュアロン監督の前作「ゼロ・グラビティ」と比較すると、人間の悪意が底に絡んでいるだけに苛立たしい心理劇ともなっている。ウィキペディアによれば、アメリカ合衆国には毎年約百万人の不法入国者が存在し、そのうちの約8割がメキシコ人だと言われる。彼らはアメリカの農業を支えているとも言える。また石川好の『ストロベリー・ボーイ』などで読むとおり、アメリカの農業労働者の約45%がこれら不法移民だという。基本的にこのような構造自体を変えずに、侵入移民だけを厳しく取り締まろうとするのは、酷く片手落ちだと思うが、この映画はそこまでは語っていない。むしろ人々の心の中に広がる『砂漠』かもしれない。
 
| Movie | 11:28 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
城ケ崎海岸でソバ打ち体験
 このゴールデンウィークに家族で旅行に出かけるのが慣例になってきた。息子たち二家族とわれわれ夫婦で計8人の大所帯。ここ数年陶芸とかガラス工芸などの体験学習を旅行の工程に加えて、ワイワイガヤガヤと賑やかに遊んできた。伊東や伊豆高原で遊んだ今年は、城ケ崎海岸でソバ打ちにトライすることになった。
 ソバを実際に粉からこねるとこから始めて、麺棒でのして、短冊に切って、茹でて最後自分で賞味するまで全部で約二時間弱のコース。ベテランのおばちゃん先生が厳しくも優しく指導してくれる。曰く
 「まずは先生の話しをよく聞き、その手元を見ていないといけない。」
 「ベテラン主婦はなかなか上達しない。」
どうも勝手にチョコマカと走る生徒は、ソバ打ち名人にはなれないようだ。見よう見まねでこね始めたら、なかなか姿が良いと褒められる。お世辞と分かっていてもうれしい。練りすぎてもよくないようで時間との勝負でもある。陶芸の加藤唐九郎さんはソバ打ちの名人でもあったと、かって大内侯子さんの随筆で読んだことがある。むべなるかな!また上手に麺棒を使ってソバ生地を引き延ばしてゆくコツが求められる。私のはシワが寄ってしまった。曰く
 「生地の最後の10%ぐらいをうまく仕上げられるかどうかが、蕎麦屋の損益に大きく影響します。」
畳んだ生地を切る時、肩の力を抜いてリズミカルに大きなソバ包丁を送ってゆくのがなかなか難しい。
 全く自画自賛だが、茹で上がった自分のソバは正直うまかった。ほかの人のソバと食べ比べしてみると、確かにみなそれぞれ味が異なる感じがした。最後に先生の作品を賞味したが、これは正しく逸品と言えるものだった。同じ材料を使いながらこれほど舌触り、香り、甘味が違ってくるのかと皆同じように感心した。 

| Food | 18:31 | comments(1) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
新海誠 動画「君の名は。」
 かなり遅れたが評判の長編アニメを見に行った。自分としては時空を超えて人々が煩悶したり躍動する物語は、『聊斎志異』以来嫌いではないはずなのに、この作品はよくわからなかったし、面白くもなかった。「ラ・ラ・ランド」や、批評は書いてないが「ムーンライト」なども少しも面白くなかった。この頃自分の頭が老化現象を起こしていて感度が鈍り、皆が面白いという作品をことごとく貶しているとしたら、これは私にとって大問題である。
 地球に接近はするものの、まさか衝突するとは予想していなかった彗星が、急に分裂してその破片が飛騨の山奥に落下して鄙びた町を全滅させる。この時点で時空は飛び離れて、瀧という男子高校生と三葉という女学生が入れ替わる、という話ではなく、その以前に二人の異次元交流があったようだ。しかもどうも二人にとって同時間ではなく、3年間ぐらい時間もずれているような話になっている。それぞれの人体の置換については説明があっても、それぞれの時間差についてはこの映画の観客が推量するしかない。でもその時間差があるからこそ、この天災を最小限に留めようと二人が奮闘する意味が分かるのだけれど・・・
 北朝鮮が核実験やミサイル発射を止めないでいるなら、いつ何時不測の事態が生じるかもわからない状態になってきた。SF作家小松左京の『影が重なる時』では、北方より飛来してくる原子爆弾に、呪文を掛けられた如くまるで誰もが身動きができない時間と空間を嵌められる瞬間を描いている。北朝鮮に対し急ピッチに進む武力制圧方針は何が起きるか非常に不安である。それ以外の解決策が是非とも望ましい。
| Movie | 22:40 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP