After the Pleistocene

A memory of my ramble
CALENDAR
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< January 2019 >>
SPONSORED LINKS
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
MOBILE
qrcode
PROFILE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM
頑張れ!稀勢の里
 

JUGEMテーマ:スポーツ


 昨年一番楽しかったのは、大リーグ/ロサンジェルス・エンジェルスに移籍した大谷翔平選手の大活躍だった。打っては22本のホームラン、打率.285、投げては4勝2敗と正しくあのベーブルースと比較されるような大記録で、アメリカン・リーグの新人王を獲得した。それに反し、一番心悩ませたのは横綱稀勢の里の不振だった。怪我が本当に治っていないのに気丈に出場したのが祟ったのか、なんとも不甲斐ない残念な結果であった。しかし頑固なまで自分のスタイルを貫こうとする姿勢には応援せずにはいられない。
 稀勢の里には以前の親方・鳴門親方(横綱隆の里)の精神をあきらかに受け継いでいると思われる。不器用でもよい、全身全霊を込めて相撲道にまい進する姿勢。左からの強烈なおっつけで相手を浮き上がらせてしまう力強い攻め。私は今でも思い出すが、2017年初場所でようやく優勝し、晴れて横綱に昇進、そして次の3月場所のこと。前日のケガで土俵に立つのがすでに無理と思われるのに、千秋楽の照ノ富士との一戦に勝ち、さらに優勝決定戦にも勝利して栄冠を勝ち取った壮烈な闘い。私はそれまで日馬富士を応援していたのに・・・あらためて稀勢の里がスゴイなあと感心させた一番だった。
 あれからもう約2年が過ぎ去った。休場してはまた不安を抱えたまま出場する繰り返し。不甲斐ない成績に本人の腹の中は煮えくり返っているかもしれない。でももう忘れることだ。私は体調不良ならもう一、二場所休んでも良いと思っていた。明日から始まる初場所、稀勢の里に対しては不安がいっぱいだ。頑張れ!負けるな、稀勢の里。
| sports | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
時代が遠ざかる

JUGEMテーマ:モブログ


 おめでとうございます。本年も御贔屓のほどよろしくおねがいします。
昨年ほど台風が次々襲ってきて、地震は起きるし、熱波が容赦なかった年は思い出せない。被害に遭った方々には「まことにお気の毒で」としか言いようがないが、過去2001年のワールド・トレード・センター襲撃、2007年のリーマン・ショック、そして2011年の東北大震災が起きた年などに比較すれば、トランプ大統領がどんな御託を並べようと、難民の大行進が原因で各国の国民がより急進的なナショナリストを指向しようと、大したことではない気がしてくる。
 しかし気が付いてみると、自分の周りは全く新しい事象に取り囲まれていると最近強く感じ始めた。各種装置の無線・コンピューター化が基本にあるのだが、例えば自動車の自動運転システムなど自動化された倉庫の運営をより高度化したものであり、すでに鉱山などでは大型ダンプが無人で運行もされている。AIとかIoTとかもすでに実験段階は既にパスしたようだ。昨年あたりから現場でそれらが一斉に立ち上がってきた感じがする。これは一種の革命ではないかと。知らないうちに自分は取り残されて、時代が勝手に離れていっているのだろう。
 驚いているのは自分だけかもしれない。例えて言えば、紅白歌合戦に出てきた歌手をほとんど自分が知らないだけで、他の人々はみんな知っていて楽しんでいるということかもしれない。あるいは世界中にあふれている低所得層、難民たちもやがてすぐこれらの最新自動装置の打ちこわしの挙に出る可能性も示唆されている。国と国との戦争ではなく、シリアのようなゲリラの内戦状態に引きずり込まれる可能性だってある。
 今年米・中の経済戦争が激化する予想が盛んだが、中国人は案外個人主義的で、国家に縛られない思考や行動を個人はすると言われている。年の初めにあたってあまり不吉な予想は避けたいが、過去の日本人は太平洋戦争がはじまる時、どれほどアメリカ合衆国の実態を知っていたか、改めて中国人は想起してほしい。
| Diary | 14:07 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
冷蔵庫買い替え

JUGEMテーマ:モブログ


 ここ二年ばかり急速に身体が弱ってきた感じがする、夫婦ともに。腰痛、白内障、頻尿、皮膚炎などなど。一番の悩みは認知症を発症したかと思われるほどお互い記憶がおぼつかなくなってきたこと。打てば響くような素早い問答はもうとても無理になってきたし、会話がもどかしくなってきた。お互いエンディグノートをもう用意しなければいけないのか?
 自分たちの身体だけでなく、周囲の器具類までいろいろ故障がちになり、悲鳴を上げ始めた。まず東芝のパソコンが10月画面が黄変してちらつくようになり、しかも明らかにウイルスに侵された感じでうるさいコマーシャルが頻繁に現れた。6個もウイルスに取りつかれていると診断される。次にSONYのポータブルラジオがCDを聴けない現象。メーカーからのリコール通知で故障と分かった。さらに夏頃より東芝洗濯機も素直にすすぎからしぼりに移行しないでピーピー鳴ってうるさくてたまらない。そのたびに「手動」で操作しなければならない。そして日立の冷蔵庫が漏水し始めた。もう20年ぐらい使ったかしら。キッチンの床に小便を垂らしたような事態に、「この漏水はちょっとぐらい修理したのでは治らない。」とカミさんがご託宣。早速買い替えることになった。
 いままで250リッターぐらいの冷蔵庫だったので、少なくとも300L以上のものを購入すると思っていたところ、なんと170Lの小さな三菱の冷蔵庫を求めた。これでは酒の置き場がないなあと思ったが、カミさんはこまめに買い物をするからいいのだと言う。たまたま次の英会話教室でこのことを暴露したら、アメリカ人のマダムは「あら、奥さんは料理がきらいになってきたのかもね。」と批評した。しかしカミさんに言わせると「料理の嫌いな人ほど加工済みチルド製品を大量に買い込む。それで大型冷蔵庫を満杯にしているのよ。」と反論する。買い物は運動と頭の体操に大変効くと一向に気にしなかった。だがいつも満杯の冷蔵庫を前に、私はビールの保冷場所を探すのにいまや大変苦労している。
| Diary | 22:16 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
西武百貨店の敗退

JUGEMテーマ:ビジネス


 JR船橋駅の南口に新しい道路がこの春開通した。駅前ビルFASEをぐるりと廻って本町通りの西向地蔵へ向かう「3・4・11道路」のことだ。3×4が11という半端な数字には意味がない。車の流れは非常に良くなった。人はパチンコ屋や飲み屋が集まった狭い路地(ここにはお稲荷さんもあるし、キリスト教会もあった。)をもう通らなくてもよいのだが、市役所などに行くのには皆まだこの路地を使っている。かって三田浜楽園と称された遊園地や歓楽街へは、この稲荷横丁という路地を大勢の人たちが肩がぶつかるほどに行き来したことだろう。
 しかし残念なことに、新開通の道路の入り口を占めている西武デパートがこの12月初めに閉店してしまった。今は目隠しの鉄板が周囲を囲っている。もう「お世話になりました。」の一言もない。あのオシャレなデパートは昨年50周年を祝ったばかりであった。勿論関係者は50周年祝いの時この事実を予想していたであろうが・・・。
 新聞報道によれば盛時1990年代半ばの三分の一ぐらいにしか売り上げが伸びないという。西武デパートがイトーヨーカドーの傘下に入ったことからか、イトーヨーカドーが南口にも進出するだろうと噂されているようだ。評判が良かったLOFTがただちに北口のヨーカドーに入ったのはさすがである。                       
 1960年代半ばこの西武が船橋に進出した時は、ちょっと皆が注目する存在だった。元の土地にはユアサの製粉工場があったかしら。サイロが4,5本立っていたと思う。もう記憶は怪しい。(いまでもこの店舗のオーナーは、ユアサ・フナショクになっている。) かってここには美術館があり、大きな書籍売り場があった。うまい中華料理が食べられた。私の好みかもしれないが、商品はちょっと高価だが都心のデパートと比べても垢抜けしていると思われた。1977年東武デパートが、1981年イトーヨーカドーが北口にできても、船橋周辺の団地群が急激に成長していた。しかし90年代後半から風向きが変わってきたようだ。団地周辺のスーパーマーケットが充実し、「ららぽーと」などアウトレットも近くに進出してきた。高価で凄くオシャレな商品より少しダサいモノの方が船橋では売れるということか。カミさんなんかの分析では食品売り場は東武の方が人気があったという。(最近ではJR船橋のガード下を占拠している「ふなばし生鮮市場」が改装して、しかも少し高級品も置くようになってかなり繁盛しているようだ。)誰かここら辺の、商業の栄枯盛衰をもっと分析したらきっと面白いものが出来上がるだろう。西武はお稲荷さんや地蔵さんにお願いをしたのかしら?
| Business | 22:37 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
嗚呼50億円

JUGEMテーマ:モブログ


 カルロス・ゴーンさんはプライベート・ジェットで旅行しているのだから、何も好き好んでまた日本に戻ることはなかったのだ。行き先を変更して、自分の故郷のようなリオやベイルートで、ほとぼりが冷めるまでのんびり暮らしていたってよかったのだ。バハマなどのタックス・ヘブンで文字どおり天国の休暇を楽しんだってよかったのだ。悪くたってフランスに留まっていれば、ルノーを後ろ盾にして闘えたではないか。
 ある新聞記事は、“Nissan's Ghosn is gone.”と見出しを打ってゴーンさんを過去のものに無理やりしてしまった。かの“Gone with the Wind.”のモジリである。まだ64歳の働き盛り、消え去るには早すぎる。ゴーン式の合理化で首を切られた日産・三菱系の社員は大勢いるだろうが、いまや世界的にこのような事業展開は至極当たり前の話になってしまった。大手のシャープでも松下でも東芝でも数えきれない労働者が解雇された。ゴーンさんに厳しく当たる日本のマスコミは、果たして合理化の名のもとに首を切られた人々に温かいまなざしを注いでいたろうか。経営方針のミスを取り上げることはあっても、従業員の生活・待遇についてはいつも見過ごされてしまった。ゴーンさんが得たかもしれない50億円のボーナスを羨んでいるのは、もしかしたらマスコミだけかもしれない。
(注)50億円の報酬に驚くことはない。2006年にポルシェのCEOヴェンデリン・ヴィーデキング(54歳)は1億ドルの報酬を得ている。三好範英『メルケルと右傾化するドイツ』 P.207
| Business | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
今年の文化祭

JUGEMテーマ:趣味


 今年もまた船橋市の文化祭の季節がやってきて、このあたりの地域の人々をいろいろ駆り立てた。餅つきや焼きそばの屋台は大いに繁盛し、様々なグループによる展示会も盛んだった。三階の大ホールでは、私が所属している太極拳クラブも参加、下手くそながら私もまた演技を披露した。まともに見られたら誠に恥ずかしいの一語に尽きるが、隣の人の所作を見よう見まねで必死についていった。5年も6年も続けていてまだ一向に上達が認められない。
 今年の文化祭には、太極拳で全部で4チームが参加していた。それぞれ15人以上はいるから、太極拳のファンはいま相当増えているのだろう。特筆すべきは私のクラブに4月から若い大男のイギリス人,M君が参加したことで、この会場でも紹介された。彼はちょっとシャイな人柄だけれど研究熱心で、日本語もほぼ理解できる。その彼が中国風の表演服を着て演技した。短期間に相当上達している。
 彼が我クラブに入ってきたとき、私は英語で彼にあいさつした。だいぶ長い間ここで練習しているがいまだ未熟で、あなたに太極拳を教えることはできないと断っておいた。何だ、コイツは!と彼は思ったかもしれない。
 しかししばらくして、私が
  “I'm sure you'll soon leave us behind."
と言ったら、身をよじるようにしてテレ笑いをしていた。今回初めて公衆の前での演技で、一緒に演技したみんなの批評を聞いたところ、自分の演技で精一杯で他人の演技を見ている暇はなかった、と後の慰労会で語って皆を笑わせた。
 立派な表演服を着こんでこれから舞台に向かおうとするとき、私は彼に訊ねた。
   “Do you know a proverb?Fine clothes make the man."
 彼は知っていると頷いて、私の拙い英語に微笑した。「馬子にも衣装」が通じたようだ。
| sports | 14:52 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP