After the Pleistocene

A memory of my ramble
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国立西洋美術館「ゴヤ 光と影」
 この展覧会、最初は見るつもりはなかったのだが・・・なぜなら近いうちにぜひスペインに旅行して、プラド美術館でゆっくり半日過ごすのを夢見ていたから。そして『裸のマハ』と『着衣のマハ』の両者をじっくり比較してみたかったから。写真でツラツラ観察すると『裸のマハ』の彼女の方が緊張しているよう思える。私の気のせいかも知れない。諸説いろいろあるけれども、私はこの女性はゴヤのパトロンでもあるアルバ公爵夫人だと思い込んでいる。気位も高く恋多き夫人が、是非ともゴヤに描いて欲しいという何らかの事情があったのではないか。これがこの絵の所有者・ゴドイ公爵の愛人だとするなら、彼から命じられたとしてもここまで堂々とわが身をさらけ出すだろうか。ゴヤはこの絵を宗教裁判所(魔女裁判で恐ろしいスペインの裁判所)から咎められて、「彼女は誰なのか?」と再三尋ねられたが、とうとう最後まで明かさなかったという。ゴヤは簡単に誰かとわかるようには描写しなかったということだ。
 ゴヤ(1746〜1828)はフランス革命とナポレオン戦争の影響で、スペインが栄光からどん底に落とされた時代を身をもって体験した画家。堀田善衛の『ゴヤ』は長編ながら大変おもしろかったのを思い出す。もう大昔のことなのでこのマハが誰としたのか忘れてしまった。ゴヤは王室画家の名声を持ちながらも、その後民衆の悲惨な生活も歩き回ってその目で見、描いた。特に戦争のおぞましい場面を数多く描写した。ロバを人に擬する風刺画、闘牛のグロテスクな場面、静物画もある。油絵だけでなく素描や版画も出されていて興味深い。
 しかしどうして『裸のマハ』は今回一緒に来なかったのだろう?プラド美術館の目玉を失ってしまうからだろうな。それなら解る。だがこれら二枚の絵を表裏にして楽しんだというゴドイ公爵の喜悦を味わってみたいものだ。やはりプラドへ行かねばならない。『カルロス4世の家族』も見てみたい。
| Art | 12:42 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
映画「終着駅・・・トルストイ最後の旅」
 レフ・トルストイ(1828〜1910)の晩年を描くこの映画は、フィクションが相当混ざっているかもしれないが、なかなかしっとりとした好い映画に仕上がっている。私はこの映画を見てその批評を知るまで、トルストイの妻が世界三大悪妻の一人であるなんて全く知らなかった。そもそも「三大悪妻」なんて誰が名づけたのだろう。ソクラテスの妻の悪妻振りは聞いたことがあるが、愛すべきモーツアルトのコンスタンツァもその一人であるなんて可哀そうな気がする。そのトルストイ伯爵の妻・ソフィアがこの映画のヒロイン。ヘレン・ミレンが演じて余すところがない味を見せてくれた。
 若いワレンチンがモスクワからトルストイの屋敷に向かうところから映画は始まる。彼は論文を書くほどトルストイにどっぷり浸かった信奉者で、彼の秘書をすることになった。彼を派遣したトルストイ協会の幹部からは、彼のすべての財産の継承を目論む妻ソフィアの行動を監視するよう特に頼まれる。映画が描くところはこの偉大な作家とその妻との一方ならぬ愛憎の様相だが、ワレンチンと使用人マーシャとの小さな恋が絡まり、二つの恋はラセンを描き、極めて程よい味を最後まで醸し出してくれる。
 トルストイが偶像視されることに我慢できないソフィア、博愛主義と云ってもその対象の漠としたものに気づきはじめるワレンチン。サモワール、アスタポーヴォの小さな駅、ホテル代わりの豪華客車。トルストイがコーカサスでの女漁りの話をしたり、付き合い始めたばかりのソフィアが頭文字だけで埋めた彼の恋文を全部読み解いてしまった話など、エピソードもおもしろい。(映画は最後に臨終の場面でソフィアの言葉にすべてうなずく形でまた暗示している。)ソフィアを「三大悪妻」の一人に祭り上げるなどまったく見当違いであると私は思った。

| Movie | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
卵かけのライスカレー
 昭和40年代半ば日紡貝塚を見学したことがある。納期督促を兼ねていたのだったが、もしかすると「東洋の魔女」の片鱗に触れるかもしれないと想像もした。昭和39年の東京オリンピックでの活躍はまだ記憶に新しいところ。当時はまだのこぎり屋根の工場がぞっくり並んでいた。こんな工場の形態は西尾の金巾織物の工場でも、岡山の帆布や学生服用の織物工場でも同じだった。
 昼食となって社員食堂に連れられた。大勢の女工さんたちと一緒に食事をするのはなかなか壮観だったが、お客様ということで、ライスカレーに「生卵」がひとつ付けられたいたのには正直びっくりした。朝御飯に生卵をかけて食べるのは私の小学生時代はちょっとした贅沢だった。恥ずかしい話、私は小学校の低学年の時は虚弱体質で、好き嫌いが激しくいつも食が進まなかった。学校の給食の脱脂粉乳のミルクの臭いをかぐと吐き気がし、ニンジンや赤大根は涙が出るほど嫌いだった。給食を残すことがよくあった。そんなことでそれほど裕福でないのに、オフクロは栄養をつけるために私一人に生卵を朝つけてくれた。しかしその時まで、(多分26歳ぐらいまで)ライスカレーに生卵をかけたことはなかった。
 小山のように盛り上がったライスカレーの皿にどう卵を割って載せるのか、私はわからなかった。隣に座った一緒に同行した商社の男の手元を見ていたらたちまち器用に卵を割ってかき混ぜた。そこで同じようにやってみたのだが、卵が皿から滑り落ちそうになり、危うく寸前で食い止めた。卵を混ぜられたカレーは少し甘口になって、私の好みではなかった。(我が家のカレーは辛口で、一度息子たちの誕生会でカミさんがカレーを出したら、「おまえんちのカレーはカッライなあ」と後で評判になったという。)
 ともかく日紡貝塚の思い出は冷や汗をかいたカレーライスに尽きる。その後関西にはよく出張し、卵かけのライスカレーにもびっくりしなくなったが、私の友人はそれがちょっとしたごちそうを意味していると教えてくれた。最近インド料理店が増えたように感じている。我が家のひいきの店は、船橋大神宮下の「サールナート」。しかしいつ行っても行列しているのがタマにキズだ。
| Food | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
リチャード・フロリダ 「グレート・リセット」
 この不況は史上3度目の経済現象で、この不況を克服した暁にはまた新しい世界が出現すると、この本の著者、トロント大学のフロリダ教授は明言する。第一回目が1873年、次が1929年に端を発する大恐慌。今回(2008年から)起きた経済のリセットはまだ初期段階で、これからどうなるか予測がつかないといいながらも、著者は非常にポジティブにこの経済現象を捉えており、少し楽天的すぎるのではないかとさえ思われる。
 今までリセットによって、イノベーションが活性化し、従来の教育制度は改革され、都市のインフラは整備されて、生産性が大幅に向上した。今私たちの経済はブルーカラーに支えられた製造業から、専門職や技術職、クリエイティブな仕事へと中心が移ってきた。現在招来している危機はモノづくりから、知識と想像力に移り変わる第三次産業革命の結果としてもたらされたもので、その結果優秀な人材が金融業に流れ、経済が一攫千金を夢見る連中に支配されるいびつな構造になってしまった、と教授は語る。
 文化や価値観が急激に変化し、社会の特性が移り変わるのを目の当たりにするだろう。高級な自動車や住宅に対する所有意識は減って、過剰消費は少なくなるに違いない。遠距離の大都市間には高速鉄道が有効性を発揮しそうだ。著者はしかし、今回のグレート・リセットの結果について、それほど未来像を明らかにしていない。例えば1990年代からスタートしたパーソナル・コンピューターが、今後さらにどう仕事の仕組みを変えるのかなど。第三次リセットがサーヴィス産業の生産性向上を課題にしているほどには何も語られていない。(もちろん中国がどうとか日本がどうとかの視点は最初からない。)
| Book | 14:50 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
ドヴォルザーク:交響曲第七番
 習志野文化ホールでの今年の聴きはじめは、千葉シンフォニーの定期演奏会。 指揮者は金子建志、曲目は次のとおり。
   芥川也寸志      交響三章
   オネゲル       交響曲第三番<典礼風>
   ドヴォルザーク    交響曲第七番
 特にドヴォルザークが気持ちよく聴けた。不協和音の連続のようなオネゲルの曲の後だったせいか、メロディアスな調べが心地よかった。第3楽章など春の舞踏会の幕開けにでも演奏したらどうかと思わせるものがある。解説書によると、ドイツのルターに先んずること約100年前、15世紀初めボヘミア(チェコ)で教会の腐敗に抗議して火刑に処せられたヤン・フスの悲劇がこの曲に織り込められているとあったが、そのような悲壮な調べは感じられず、チェコの民俗舞曲フリアントによるスケルツォに魅せられたという次第。1885年ドヴォルザーク指揮でのロンドン初演の大成功が想像できる。彼の作品としては第九番『新世界より』が圧倒的に人気だが、この第七番もすばらしいと感じた。  
| Art | 10:45 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP
伊豆の国;温泉と雛のつるし飾り
 伊豆の国の温泉、畑毛温泉でゆっくり湯に浸ってきた。三つの湯船に温度の違う温泉が溢れている。宿の説明では2種類の湯で、一番熱い湯はどうやら沸かしたものらしい。一番温度の低いのは“温泉”というには当たらない34〜35度ぐらい。「冷温泉」という言葉はないから単に「鉱泉」か。湯船の中でじっと沈んでいると、静かに流れてゆく清水に体の中の汚れた堆積物が細かい破片になってはがされてゆくような感覚が得られる。最初感じた冷たいという意識は次第に消えてゆく。三島の街で見かけた豊富な富士山の湧水の流れに身をゆだねているようだ。
 次は体温より少し高い37〜38℃ぐらいか。湯船の中で宿備え付けの本、水に濡れても大丈夫な本をのんびりと読める。そして最後は40〜41℃の暖かい湯。同じ湯の露天風呂も含めてそれぞれの湯船に交互に入り、たっぷり1時間以上も浸っていたのだから、いつも烏の行水の私としては入浴時間の最長記録になるだろう。おかげで今でも手足がスベスベしている。
 江川太郎左衛門の屋敷や反射炉を見て回ったが、反射炉近くの売店で雛のつるし飾りを展示していたのが素晴らしかった。つるし飾りは伊豆稲取辺りが発祥の地らしいが、なんとも雅な幻想的で動きのある玩具、作る人の遊び心に満ちている。人形とキルト、手芸とモビールの組み合わせ。しばし見とれてしまった。干支の動物がいる、ハトやふくろう、カメや金魚、おさかな、色とりどりの花や小道具、それらがみなミニチュア化され、独自の衣装に包まれて輝いている。なかに烏帽子を被ったような人形が散見された。烏帽子には日の丸が打ってある。最初加藤清正かなと、彼の特徴ある兜から連想したが、人形は刀も槍も持っていない。衣装はどうやら羽織袴のようにもみえる。でもどこかでこのカリカチャアを見たような気がしてならない。そこで家に帰ってから調べてみると、『三番叟』の人形だと推定できた。そして三番叟は伊豆地方でもてはやされた芸能であることを初めて知った。
| Travel | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑PAGE TOP